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風花ちゃんと話す雫の表情は、参拝者向けの愛嬌あふれる笑顔ではない。
神社関係者向けの、氷の無表情だった。
「巫女舞は神さまに捧げるもの。なのに最初の風花ちゃんは、壮馬さんが目的でした。そんな気持ちで巫女舞を奉納したら絶対に後悔する。だから噓をついたんです。
でもいまの風花ちゃんには、噓をつき続ける必要はありません」
雫の声音は、顔つきと同じく冷え冷えとしている。
なのに、不思議とあたたかく響いた。
「と……特に前と変わってないよ。壮馬さんのことだって……その、別に……」
畳に両手をついたまま、頰を真っ赤にして顔を背ける風花ちゃん。凛々しくなっても、わかりやすいツンデレだ。
風花ちゃんは俺の方を見ると、畳から手を放して姿勢を正した。
「巫女舞が成功したら、壮馬さんに打ち明けたいことがあるの。見に来てくれる?」
少し舌足らずではあるけれど、改まった口調だった。「もちろん」と頷く。
*
この日の稽古は、風花ちゃんの希望で2時間近く延長になった。雫もさすがに疲れたに違いないが、帰り際の風花ちゃんに「絶対うまくいきますよ」とかける声は力強かった。
鳥居をくぐって風花ちゃんを見送った後、雫は言った。
「壮馬さんに打ち明けたいことというのは、そういうことなんでしょうね」
「まあ、そうなんでしょうね」
あのツンデレな態度を見ていれば、嫌でもわかる。子ども相手だからガチで断るわけにはいかない。でも。
──気持ちは、ちゃんと受けとめてあげないとな。
風花ちゃんを見送る雫の横顔に目を遣りながら、俺は思った。
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