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数日後。
風花ちゃんの巫女舞は大成功だった。表情は硬かったし、出だしはBGMの雅楽とタイミングが合わず動きがちぐはぐだったが、音響機器のトラブルなので仕方がない。普段は人がいない神社で奉納される巫女舞は、雅楽奏者を呼ばず録音で対応することがある。この音が、一瞬とまってしまったのだ。
むしろ、よく立て直したと思う。
小さな境内は屋台で一杯だった。ほとんどの人の目当てはそちらだったが、みんな足をとめて風花ちゃんの舞に見惚れていた。かくいう俺も、凜々しい顔つきに、普段のツンデレを忘れるほどだった。
「──よかった」
風花ちゃんが拍手に包まれ神楽殿から降りると、雫は長い息をついた。今日の服装は菫色のワンピースと、小振りな麦わら帽子。
胸許には、冗談のように大きなサングラスをぶら下げている。
このサングラスは「わたしが見ていることを風花ちゃんに気づかれないための変装道具」らしいが、使うことは全力でやめさせた。
雫と一緒に社務所に行く。普段は無人なので生活感がない部屋で、風花ちゃんは大人たちに囲まれ、「すごかった!」「来年もよろしく!」などとほめそやされていた。
「べ……別にすごくなんかない。ちょっと稽古しただけなんだからね!」
安定のツンデレぶりを発揮していた風花ちゃんだったが、俺と雫に気づくと駆け寄ってきた。
「雫さん、ありがとうございます。おかげでうまくできた。それから」
風花ちゃんの大きな瞳が、俺へと向けられる。
「ちょっと一緒に来てくれる? 雫さんも一緒に」
*
風花ちゃんに先導され、俺と雫は社殿の裏に連れて来られた。祭りの喧騒が聞こえはするが、この辺りには人がいない。
……なんで雫も一緒なんだ。
風花ちゃんには「気持ちはうれしいけど、ほかに好きな人がいる」と伝えるつもりだった。それが俺なりの受けとめ方のつもりだった。
でも、当の雫がいると言いづらい。
そもそも、なんで雫も一緒なんだ? なんとかしなくては、と思っているうちに、風花ちゃんは切り出した。
「実は壮馬さんに、大切なことを言わないといけないの」
「大切なことなら、雫さんはいない方がいいんじゃないかな」
俺の言葉を無視して、風花ちゃんは力強く一歩踏み出した勢いで、その一言を口にした。
「ごめんなさい、壮馬さん。あなたとはつき合えません!」
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