雫ちゃんのお菓子づくり

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 白いシャツとピンクのスカートの上に、巫女の袴のような緋色のエプロンを纏った雫は、台所をちょこまかと動き回っている。俺はそれを、廊下から覗き込んでいた。これ以上は近づいてはいけない。  踏み入れたら最後、後ろから抱きしめてしまう。  ゆっくりと息を吐きつつ、視線を雫からテーブルへと移す。食器やボールが整然と並べられている。 「なにをつくるんですか」 「クッキーです」  雫はローズゴールドのiPadに目を落としたまま答える。あれにレシピが表示されているらしい。 「料理には興味がありませんでしたが、食べてくれる人のことを想ってつくればおいしくなると本で読みました。やってみます。実験のようなものですね」  実験か。なんとも雫らしい表現だが、それよりも。 「──想うような相手がいるんですか」  テーブルを見ているふりをしながら問うと、雫が息を呑む音が聞こえた。反射的に目を向ける。 「……そ、壮馬さんに言う必要はないと思います」  雫は露骨に顔を背け、流し台の方を向いてしまった。 「そうですよね。俺には関係ないですもんね」と応じながら考える。  この子の周囲に、想うような相手がいる気配はない。それに、いまの反応。  恥ずかしくて言えないだけで、相手は俺なんじゃないか? 俺のためにクッキーをつくってくれるんじゃないか? 今度は……いや、今度こそ、雫との関係が前に進むんじゃないか?  雫の後ろ姿を見ていると、喉が急速に渇いていった。ごくり、と唾を飲み込もうとしたがうまくできなくて、もう一度テーブルに視線を移す。  食器だけでなく、型抜きもあった。見た目にもこだわってくれるのか。うれしすぎる。星やハートだけじゃない、世界一有名なネズミに、電気を放つネズミ、猫と仲よく喧嘩するネズミの型抜きが……。  うん? もしかして?  そう思っているうちに、雫はテーブルの上に──。
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