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1時間後。できあがったクッキーを、雫がテーブルに手際よく並べていく。小麦色の見た目といい、甘い香りといい、とてもおいしそうだ。
星やハートのクッキーもあるが、それは全体の4分の1ほど。ほどんとが、世界一有名なネズミ、電気を放つネズミ、猫と仲よく喧嘩するネズミの形をした「ネズミ系クッキー」で占められていた。
「よろしければ味見していただけますか、壮馬さん。どれでも構いません」
「……もちろんいいですけど、確認させてください」
錆びついた機械のようにぎこちなく、ネズミ系クッキーを指差す。
「これは八咫のためにつくったんですよね」
「はい。八咫なら、ネズミの形をしたクッキーの方が喜ぶと思いました」
そのセンスについては深く考えないことにして続ける。
「ネズミのクッキーが圧倒的に多いですよね。もしかしなくても……雫さんが想った相手というのは、八咫、ですか」
こわごわ訊ねる俺に、雫はあっさり頷いた。
「八咫には申し訳ないのですが、食べてくれる相手を想いながら料理をつくったらどうなるか、実験してみました。事前の仮説どおり、よい効果が生まれるようですね。形だけでなく味に関してもあと一歩の創意工夫が湧いてきて、自分でも驚いています」
新たな物理法則でも発見したかのように重々しい口調で語る雫に、なんの言葉も返せない。
テーブルの上に、おからだのかつお節だの、およそクッキーに使うとは思えないものを並べ始めたから、そうだろうとは思ったのだけれど。
「八咫はどこかに行ってしまったようですね。早く食べてほしいのですが」
そわそわする雫を視界の片隅に入れつつ、手にしたクッキーをかじる。
「どうですか?」
「……魚っぽい味がします」
「大成功です!」
氷の無表情ではあるものの、ほんのり頰を赤く染める雫。かわいい。文句なくかわいい。世界で一番かわいい。
でも、今度こそ!と期待した反動で、眩暈がしていた。
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