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冷え冷えとした声に顔を上げると、いつの間にか向かいに雫が正座していた。「うおっ!?」と変な声を上げて後ずさってしまう。
雫は、すみれ色の寝巻きの上に、赤いちゃんちゃんこを羽織っていた。毎朝、着替えてから居間に下りてくるので珍しい。また寝るつもりなのだろう。
大きな瞳は少し焦点がぼやけているものの、軽く俺を睨んでいる。これまでうっかり敬語を抜いて話してしまったことはあるが、呼び捨ては初めてだからか当然か。背中を汗が伝っていく。
「答えてください。なぜ呼び捨てなのですか。わたしが壮馬さんに、なにかしましたか」
「な……なにもしてませんよ。ただ、ええと……心の声が……」
「心の声?」
「だから、その……雫さんと一緒に年明けの横浜をぶらぶらしたいな、と……」
「は?」
雫の双眸が鋭くなった。汗が額も伝う。
「ふ……深い意味はないんですよ。ただ、いつもお世話になってるから、たまには恩返しを、とか思ったりなんかして……こ、こういうこともやってるし……」
4つも年下の女子高生相手に情けないが、スマホを掲げながらしどろもどろに言葉を紡いでいると。
雫は、いきなり立ち上がった。
俺の方は、反射的に頭を下げる。
「ご、ごめんなさ──」
「2時間……いえ、1時間熟睡します。そうしたら起こしてください」
なにを言ってるのかわからなかった。
「ええと……なんでです?」
「一緒に行くからに決まってるでしょう」
え?
「1時間、アイマスクと耳栓で完全な睡眠を取れば、一日動くくらいの体力は回復します。そうしたら、今日は出かけられます」
「でも、無理しない方が──」
「1時間後ですよ。いいですね」
俺が言い終わるのを待たず、雫は襖を閉めて居間から出ていった。すぐに階段を駆けのぼる音が聞こえてくる。それを聞いているうちに、口許が自然と緩んでいった。
今年は、いいことがありそうだ。
〈あとがき〉
新年だし、久々に書きたくなったので書いてみました。本編3作目の執筆があるのでまた休載状態になりますが、更新していない間もスター等くださる方、ありがとうございますm(_ _)m
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