208人が本棚に入れています
本棚に追加
「私もまた撮らせてもらうよ」
カメラのバッテリーを交換した琴子さんが、俺の隣に来てシャッターを押す。その瞬間、雫は「天使降臨」と命名したくなるような、かわいすぎる微笑みを浮かべた。琴子さんがシャッターを押している間、雫はその表情を崩さない。
──チャンスだ。
俺がiPhoneを構えると、雫は笑顔のまま、でもぴしゃりと言った。
「いまは撮らないでください」
氷の鞭で頰をぶたれたら、こんな気分になるのかもしれない。俺がなにも言えないでいる間に、琴子さんは笑顔の雫を撮り続ける。
「じゃあ、また壮ちゃんがどうぞ」
琴子さんが後ろに下がり、入れ替わりに俺が前に出る。
同時に雫の表情から、やっぱり微笑みが消えた。
「……なぜ、俺が写真を撮るときは笑顔が消えるんですか」
強張る顔を必死にやわらげて訊ねる俺に、雫は当たり前のように答える。
「壮馬さんにレンズを向けられると、笑う気になれないからです」
さらりとひどいことを言ってないか?
俺の背後で兄貴と琴子さんが笑いを噛み殺していることが、振り返らなくてもわかった。
……こんなことを言ったら、後になってきっと兄貴たちにからかわれる。未来永劫ネタにされることだってありうる。それでもこらえ切れなくて、俺は意を決して言った。
「俺は、笑顔の雫さんを撮りたいんです!」
最初のコメントを投稿しよう!