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「壮馬さんには、笑顔のわたしよりも、いつものわたしを撮ってほしいです」
難しい単語はなに一つ使われていないのに、雫がなにを言っているのかすぐにはわからなかった。
耳にすると同時に感情が昂ぶり、理解力が急激に低下してしまったからかもしれない。
雫は、なんでもないことのように続ける。
「琴子さんは写真の腕前がプロ級ですし、お世話になってもいるからリクエストにお応えして、表情をつくらなくてはいけないと思います。でも壮馬さんは、iPhoneのカメラを試したいだけなのでしょう。でしたら、いつもどおりのわたしでいさせてください。こんなにリラックスできる相手は、壮馬さんだけなのですから」
俺だけ……。
指先一つ動かせないでいると、雫は言った。
「撮らないのですか?」
「撮りますけど……」
「でしたら、せっかくですし一緒に撮りましょうか」
「は……はい」
上ずった声で返事をした俺は、雫の傍らに座るとiPhoneのインカメを自分たちに向けた。ディスプレイに、顔を寄せ合った俺と雫が映る。
「後でわたしにも転送してくださいね」
「もちろんです!」
勢いよく答えた俺の耳に、いまにも噴き出しそうな兄貴の呟きが届いた。
「本当につき合ってないの、この二人?」
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