うちの巫女さんは泳げない?

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*  祈禱は滞りなく終わり、俺たちは祭祀道具を抱えて駐車場に戻った。 「お疲れさま。夏場の海で神事は辛いね。夏なんて早いとこ終わればいいのに」  兄貴が祈禱の最中とは別人のように軽い口調で言って、大きく伸びをした。完全に「自宅で琴子(ことこ)さんと居間でくつろいでいるときの顔」だ。 「冬は冬で、年末年始に参拝者が殺到して大変なんでしょう」  俺があきれつつ返すと、波音とは明らかに異なる、激しい水音が断続的に聞こえてきた。振り返る。駐車場の下に広がる海で、水飛沫が盛大に上がっている。  誰かが溺れている!  少しふっくらした中年女性のようだった。両手をばたつかせ、懸命に水面から顔を出そうともがいている様は、どう見ても「危険」だ。  砂浜からは少し離れているが、ライフセーバーが気づけば……と目を向けたが、ほかの客と話していて異変に気づいてなかった。 「溺れてる! 溺れてる!」  俺は砂浜に向かって叫びながら、女性を見下ろす。水に沈んでいる時間が、目に見えて長くなっている。助けを待っている時間はない! 装束を脱いで、ここから飛び込んで……でも、溺れている人にしがみつかれたら俺自身も沈んでしまうかも……ばか、そんなことを言っている場合か! とにかく装束を脱ごうと襟をつかんだ瞬間。  雫が、消えた。 「え?」  俺が惚けた声を上げたのと、雫が海に飛び込む「どぼん」という音がしたのとは、同時だった。  って、なにをやってるんだ!?  夏用で生地が薄手とはいえ、水を吸った巫女装束が重くならないはずがない。咄嗟に身体が動いたのだろうが無謀すぎる!
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