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雫の勘違いはさておき、これ以上クレームが来るのはさすがにまずい。
「雫ちゃんに僕の義妹になってもらうためには、壮馬にがんばってもらうしかない」と常々言っている兄貴は残念そうだったが、俺と雫は当面、境内の清掃や授与所の番、昼休みの時間をずらすことになった。これで一緒にいる時間が減るので、俺が雫を「そういう目」で見る頻度も必然的に減るというわけだ。
「壮馬さんは、わたしの一挙手一投足をいつも観察していたのです。一人でも大丈夫でしょう。がんばってください」
雫は、いつもどおりの冷え冷えとした表情で言った。別行動が増えることになったというのに、どこからどう見てもまったくなんとも思ってない。「少しは残念がってください」と言いたいところだが、事務室では隣の席だし、二人そろって兄貴の家に居候しているのだ。
俺の方も、そこまで残念ではなかった。
*
早速、次の日から奉務形態が変更になったが、俺はそれまでと変わることなく仕事した。雫も同様だ。例によって参拝者には笑顔だが、関係者には氷の無表情。てきぱきと仕事をこなすのも相変わらず。本当に、なに一つ変わってない。
かくして、新しい奉務形態にあっさり慣れて、早くも2週間が経った昼休み。社務所の応接間にて。
「どうしたんだよ、にやにやして?」
卓袱台の向こうに座った兄貴に、俺は訊ねた。兄貴に敬語で話すのは、雫がいるときだけだ。雫からは「宮司さまなのだから、たとえお兄さんでも敬語を使ってください」と常々言われている。
「実は、またクレームのメールが来てるんだ」
「俺はちゃんと仕事してるし、雫さんのことも見てないぞ」
意識して目を向けないようにしているのだから間違いない。
逆に言えば、意識しないと、気がつけば雫に目を向けてしまうのだが。
兄貴はにやにやしたまま、白衣の懐からスマホを取り出した。
「壮馬へのクレームじゃない。読み上げるよ。
〈最近、巫女さんは笑っているけど元気がなさそうです。なにかあったんじゃないですか〉
〈巫女さんが、なんだかしょんぼりしているように見えます。悩みがあるなら相談に乗ってあげて〉
〈一週間ほど前から、巫女さんが無理して笑っているようだ。神社として早急に対応するべきである〉
こんなのも来てるよ。
〈先日、『やたら身体が大きな青年が巫女さんに抱きつきそうでこわい』とメールしたが、あの青年と離れてから、巫女さんが明らかにさみしそうです。『引き離してください』とお願いしたのは間違いでした。可及的速やかにもとに戻していただきたい〉」
それって……つまり、雫は……。
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