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しばらくの後。
「ご……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。本当に本当に、ごめんなさい」
雫は珍しくしどろもどろになって、何度も頭を下げてきた。
「よ……よく見ると壮馬さんにしか描くことができない、世界で唯一無二の、それはそれは味わいのある絵ですね。見る人が見たら、きっと絶賛すると思いますよ」
「……どうも」
なんとか返したものの、どうしたって仏頂面になってしまう。
上手なイラストでないことは自覚していたが、まさか、利き手ではない方の手で描いたと思われるなんて。
「俺は怪我なんてしてません。この絵は利き手で描きました」と教えたときの、「えええっっ!?」という絶叫とともに雫が浮かべた表情は、生涯忘れることはないだろう。
「わたしの審美眼に問題がありました。壮馬さんの絵は、オリジナリティーにあふれています。美術史に名を残す画家の中には、存命中は作品の価値を世間に理解されず──」
「もういいです」
さすがにそんな雲上人たちを引き合いに出されては、ダッシュで逃げ出したくなる。
「雫さんの力になれなくて残念ですが、『トリーちゃん』はなかったことにします。忘れてください」
「そうですか」
ほっ、と雫は安堵の息をついた……って、安堵するレベルなのか、トリーちゃんは。
俺がトリーちゃんが描かれた画用紙を卓袱台の下に置いてから、雫は言った。
「そうなると、やはりわたしが自分で描くしかありませんね」
「雫さんは、ゆるキャラの生態がわからないから描けないんでしょう。高校の友だちはどうです? 絵がうまい人がいるんじゃないですか?」
「いますけど、わたしが宮司さまから仰せつかった仕事ですから」
雫は、凜とした眼差しで俺を見据える。
「わたしが描きます、ゆるキャラの生態を考えながら。どういう環境で進化してきたのか、絶滅の危機を乗り越えてきたのか、子孫を残してきたのか。そうした設定から考えれば、きっと描けるはずです」
詳しいことは知らないが、世のゆるキャラたちはそこまでしっかりしたバックボーンのもとに描かれているのだろうか?
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