205人が本棚に入れています
本棚に追加
/185ページ
「雫!」
白衣白袴を脱ぐのももどかしく、そのまま飛び込もうとする俺の肩を、兄貴がつかんだ。
「待つんだ、壮馬」
兄貴の声は、こんな状況だというのに信じられないくらい静かで、波紋一つない水面のようだった。俺の方は、そのせいで余計に頭に血がのぼる。
「待てるか! このままだと雫が!」
「いいから」
兄貴がゆっくりと人差し指を伸ばす。その指し示す先を見た俺は、
「あれ?」
と呆けた声を上げてしまう。
海面で繰り広げられる光景を目にしたからだった。
雫は、巫女装束を纏っているとは思えないほどすいすい泳ぐと、女性の身体をつかんだ。なにか声をかけると、全身をばたつかせていた女性が噓のように落ち着きを取り戻す。
そこに、ゴムボートが近づいてきた。漕いでいる男性は、水遊びをしていた一般人のようだ。
「大丈夫ですか!」
ゴムボートの男性が飛ばしてきた声に、雫が「引き上げてください!」と叫び返す。男性は巫女さんが海にいることにぎょっとした様子だったが、すぐに近づき、慎重に雫たちをボートに引き上げた。
ようやく異変に気づいたらしいライフセーバーが猛スピードでこちらに泳いできたが、もう彼の出る幕はない。
最初のコメントを投稿しよう!