雫ちゃんの御朱印帳

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 3日後の昼休み。源神社の応接間兼休憩室にて。 「ほかの人に任せた方がいいんじゃないか」  俺はひそひそ声で兄貴に言った。  この3日間、雫は新しい御朱印帳に使うゆるキャラのことを考えっぱなしだった。 「だめだ、こんな生態では人間を捕食して、食物連鎖の頂点に立っているはず」 「こういう環境で進化をたどったなら、全身が目玉だらけになっていないと辻褄が合わない」 「これでいける……いや、この体温では近くにあるものを蒸発させてしまうか」  などなど、(いろんな意味で)危ない独り言をぶつぶつ呟いている。  睡眠時間を削ってもいるようで、高校(がつこう)に行くときも、帰ってきて奉務している最中もふらふらだ。  その結果、いまは畳に仰向けに横たわり、規則正しい寝息を立てている。 「このままだと雫さんは、身体をこわしてしまうぞ」  抱きしめたら砕けそうなほど華奢な雫の体躯に目を遣ってしまう俺に、兄貴は朗らかな笑い声を上げた。 「正直、僕も雫ちゃんがここまで思い詰めるとは想定外だった。真面目なところは雫ちゃんの美点だけど、いまのところは完全に裏目に出ているね」 「だったら──」 「でも、ほかの人に任せるつもりはない」  兄貴は、俺を遮るように首を横に振った。 「僕は雫ちゃんを信じて、この仕事を任せたんだ。取り上げるつもりは毛頭ない。ついでに言うと、真剣な顔をして悩んでいる雫ちゃんは、撮影して動画に残しておきたいくらいかわいいしね」 「『ついでに言えば』以降の方に、やけに力がこもっているように聞こえたぞ」 「あれ? ばれちゃった?」  兄貴は、邪気が微塵も感じ取れない微笑みを浮かべた。  ……本当に由緒正しき神社の宮司なのか、この男は。  兄貴が心外そうな顔になる。 「そんな風に変態さんを見るような目を向けないでくれよ、壮馬。そこまで不満なら、壮馬が雫ちゃんの代わりに描けばいいじゃない? 僕はとめないよ。それで雫ちゃんが壮馬に感謝してつき合うようになったら、雫ちゃんを義妹(いもうと)にしたい僕にとっては万々歳だ」 「それは、その……ちょっといろいろあって、難しいというか、なんというか……」  トリーちゃん(封印されたゆるキヤラ)を思い出し、口ごもってしまう。兄貴は少し首を傾げたものの、すぐにまた邪気のない微笑みを浮かべた。 「よくわからないけど、そんなに心配することはないよ。雫ちゃんは必死に考えているだろう。そうすれば、自然と奇跡が起こるものさ。僕が保証する」  ヘリウムガス並みに軽い調子で言われても、なんの説得力もない──と、思ったのだが。
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