雫ちゃんの御朱印帳

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「できました」  雫が少し俯きながら兄貴に画用紙を差し出したのは、次の日。本殿で朝拝を終えた後、事務室に戻ってからだった。完成したのか。兄貴に見せる前に、俺に「どうですか?」なんて意見を求めてくると思っていたのに。 「お疲れさま、雫ちゃん。どれどれ──うん、いいじゃないか!」  画用紙を受け取った兄貴が感嘆の声を上げる。兄貴の傍らから画用紙を覗き込んだ俺も、思わず「へえ!」と声を出してしまった。  描かれていたのは、黄色とピンク、2体の、小型なドラゴンのような生き物だった。どちらも瞳はつぶらで、頭に(つの)のようなものが生えている。角の形は、黄色い方はアルファベットのA、ピンクの方はRに見えた。  源神社の神獣「あまお」と「あまこ」だ。  この前は「正確な由来がわかっていない神獣を描くなんて。おそれ多いです!」と言っていたのに、結局この神獣を描いたんだ。おそれ多い気持ちより、御朱印帳をつくりたい思いが勝ったに違いない。 「上手だよ、雫ちゃん。新しい御朱印帳の表紙はこれで行こう、というより、これしかないね」  兄貴は満面の笑みで何度も頷く。俺も同じ意見だった。雫が描いたあまおとあまこは完璧なゆるキャラで、見ているだけで胸がきゅんとなるほどかわいらしかった。昨日まで、生態だの進化だの食物連鎖だのぶつぶつ言っていたことが噓のようだ。  水彩絵の具を使った淡い色合いも、神社を舞台にした小説の表紙イラストを描いている超人気イラストレーターさんの作品を思わせてすばらしい。こんな画材まで用意していなんて。  最初から変なところにこだわらなければ、ここまで時間も手間もかからずに済んだのに。  でも、まあ。  ──雫さんらしいと言えば、らしいです。  苦笑いしつつも、心の中で雫に声をかけた。これにて一件落着。今夜からは雫も、ぐっすり眠れるはず──いや。
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