雫ちゃんの御朱印帳

7/9
前へ
/185ページ
次へ
 一件落着だとは思った。でも。 「ありがとうございます」  兄貴に向かって小さく頭を下げる雫を見た俺は、つい眉根を寄せてしまった。  表情にも声音にも微塵も変化がなく、相変わらず冷え冷えとしている。それでも俺には、雫が浮かない様子であることがわかった。 「どうして?」と訊かれても返答に困るが、とにかくわかったのだ。 *  神社では掃除も神事の一つと位置づけられているので、境内は常に清浄にしておかなくてはならない。今日も今日とて雫と一緒に境内を箒で掃き清めていた俺は、周囲に人がいないことを確認してから、少し離れたところにいる雫に問いかけた。 「なにかあったんですか?」 「『なにか』とは?」  雫は箒を動かす手をとめないまま、質問に質問を返してくる。 「さっき宮司に見せたイラストですよ。かわいいものが描けて、ほめてもらえた。なのに雫さんは、なんだか浮かない様子ですよね」 「そんなことはありませ──」  否定しかけた雫だったが、言葉を切ると首を小さく横に振った。 「壮馬さんに隠しごとはできませんね。本当のことをお話しします」  前半の一言に、頬が緩みかけてしまう。  しかし雫の方は箒の柄を強く握りしめ、硬い表情で俺の目の前まで歩いてきた。たったいま緩みかけた俺の頬も、つられて強張る。 「ど……どうしたんですか?」 「先ほどのあまおとあまこを描いたのは、わたしではないんです」
/185ページ

最初のコメントを投稿しよう!

208人が本棚に入れています
本棚に追加