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一件落着だとは思った。でも。
「ありがとうございます」
兄貴に向かって小さく頭を下げる雫を見た俺は、つい眉根を寄せてしまった。
表情にも声音にも微塵も変化がなく、相変わらず冷え冷えとしている。それでも俺には、雫が浮かない様子であることがわかった。
「どうして?」と訊かれても返答に困るが、とにかくわかったのだ。
*
神社では掃除も神事の一つと位置づけられているので、境内は常に清浄にしておかなくてはならない。今日も今日とて雫と一緒に境内を箒で掃き清めていた俺は、周囲に人がいないことを確認してから、少し離れたところにいる雫に問いかけた。
「なにかあったんですか?」
「『なにか』とは?」
雫は箒を動かす手をとめないまま、質問に質問を返してくる。
「さっき宮司に見せたイラストですよ。かわいいものが描けて、ほめてもらえた。なのに雫さんは、なんだか浮かない様子ですよね」
「そんなことはありませ──」
否定しかけた雫だったが、言葉を切ると首を小さく横に振った。
「壮馬さんに隠しごとはできませんね。本当のことをお話しします」
前半の一言に、頬が緩みかけてしまう。
しかし雫の方は箒の柄を強く握りしめ、硬い表情で俺の目の前まで歩いてきた。たったいま緩みかけた俺の頬も、つられて強張る。
「ど……どうしたんですか?」
「先ほどのあまおとあまこを描いたのは、わたしではないんです」
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