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目が覚めたら、画用紙にあまおとあまこが描かれていた……ええと……つまり、それは。
「覚えてないけど、雫さんが無意識のうちに描いてしまったということですか?」
「そんなはずないでしょう」
雫は首を横に振った。でも、それ以外に考えられない。雫は寝ぼけていたので記憶がないだけなのだろう、と思ったのだが。
「あまおとあまこは水彩絵の具で描かれてましたよね」
「そうですね」
水彩絵の具を使った淡い色合いが、神社を舞台にした小説の表紙イラストを描いている超人気イラストレーターさんの作品を思わせてすばらしい──そういう感想を抱いた記憶が蘇る。
「それがどうしたんですか?」
「わたしの部屋には色鉛筆しかなかったんです」
色鉛筆しかない室内で、部屋の主である雫が熟睡している間に、水彩絵の具で描かれた絵が置かれていた。となると……。
「宮司か琴子さんがこっそり描いて、部屋に持ってきてくれたのでは?」
「いくら熟睡していても、誰かが部屋に入ってきたらさすがにわかりますよ。それに、お二人がそんなことをする必要がどこにあるんです?」
確かに。もちろん俺だって、なにもしていない。というより、必死に描いてトリーちゃんレベルだった俺に、あんなかわいいイラストを描けるはずがない。
だとしたら……。
ごくり、と唾を飲み込んでしまった俺とは対照的に、雫は雲一つない青空を思わせる眼差しで本殿を見つめた。
「神さまが描いて、持ってきてくださったんですね」
いや、そんなことをそんな目をして、清々しい口調で言われても……。
なんと言っていいのかわからない俺を置いてきぼりに、雫はそのままの口調で続ける。
「おこがましいかもしれませんが、絵を描くため必死に努力するわたしの姿を、神さまが見ていてくださったのでしょう。光栄なことです。混乱させては申し訳ないと思って黙っていましたが、あとで宮司さまにも報告しておきます」
──自然と奇跡が起こるものさ。僕が保証する。
ヘリウムガス並みに軽い兄貴の声が、鼓膜に蘇る。
同時に、小さな手を振るあまおとあまこの姿が見えた気がした。
〈おしまい〉
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