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「そうですよ。雫さんは、泳げないと言ってたじゃないですか」
「その……人助けのため、予期せぬ力が……」
「あの見事な泳ぎで、そんなこと言われても説得力がありません」
「それは……」
口を閉ざした雫は、濡れそぼって黒の深さが増した毛先にそっと指を当てて黙っていたが。
「すみません。噓をつきました」
ぽつりと、そう言った。
兄貴が小さく息をつく。
「どうしてそんな噓をついたの?」
「やっぱり水着になるのが恥ずかしいからですか?」
兄貴に続いて俺が口にした言葉に、雫は不審そうに小首を傾げる。
「なぜ、水着が恥ずかしいのです?」
「それは……脚とか腕とかが出るから……いつもの雫さんは、そういう服をほとんど着ないし……」
「なにを言っているのですか。泳ぐという行為に当たってはそれが最も適した着衣の形状なのですから、恥ずかしいなどと思うはずありません」
その論理はどうかと思うが、それはそれとして。
「だったら、どうして噓をついたんです?」
「ええと……その……」
再び口ごもった雫は、目を伏せ、しばしの沈黙の末に呟くように答えた。
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