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「『泳げない』と噓をついたのは──泣沢女神と比較してしまうからです」
泣沢女神? 聞き慣れない単語に眉間にしわを寄せてしまう俺に、雫は語り出す。
大昔、日本には死者を弔うため巫女が涙を流すという儀式があった。彼女たちが「神」として扱われるようになった存在とされるのが泣沢女神である。日本神話においては、水の女神として崇められることもある──。
そう説明されても、話が全然見えない。
「そのことと、雫さんが『泳げない』と噓をついたことになんの関係が?」
「わからないのですか。泣沢女神は『神格化された巫女』なんですよ。わたしはそんな神さまの足許にも及ばない、駆け出しの巫女。なのに、水遊びに現を抜かすわけにはいきません。そんな時間があったら修練を積むべきです。だから吞気に泳いでいる自分を想像するだけで……恥ずかしくなってしまって……泣沢女神が水の女神だけに、余計に……」
俯き、頰を赤らめながら、忙しなく毛先を指先で弄ぶ雫。なるほど、話がつながった。そういうことだったのか、へえ。
──って。
「そんなことで恥ずかしがるなあっ!!」
思わず叫んでしまった俺が、この後、一転して氷の無表情に戻った雫に「『敬語を使ってください』と何度言ったらわかるのですか」と説教されたことは言うまでもない(この間、兄貴は俺に背を向け背中を小刻みに震わせていた)。
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