10円玉がない

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 神社では、夕刻、本殿に神職や巫女が集まり、神さまに今日という日を平穏無事にすごせたことへの感謝を捧げて一日の業務を終える。  俺が働いている源神社(みなもとじんじや)の場合は、夕方六時に本殿に集合。主祭神である源義経にお祈りをして、その日の仕事は終了となる。もちろん、祭りの前や、氏子さんたちとの宴会など忙しいときはこのかぎりではない。  ただし今日は、祭りの前でも宴会でもないのに、夕拝の後も仕事が終わっていなかった。  時計の針は七時を回っているが、俺は白衣白袴のままで、着替えてすらいない。今夜は珍しく家に(しずく)と二人きりだから、一分一秒でも早く仕事を終わらせて、ご飯を食べたいのに。 「……5、6、7、8、9、10。間違いなく10枚……」  巫女装束の雫は、こわいくらい真剣な面持ちで、机に並べた10円玉を数えている。  神社と言えば和風の建物と思われがちだが、源神社の事務室に関して言えば、一般企業のオフィスと見た目は変わらない。机やパソコン、帳簿などが並び、床はフローリングだ。そんな機能的な室内で、巫女装束を着た女の子が懸命に10円玉を数えている光景はちょっとシュールだった。  でも、それ以上に美しい。  新雪のような白い肌に、大きな黒い瞳。背筋を真っ直ぐに伸ばして座る凜とした姿……。雫が「この世にこんなきれいな子がいるのか」と息を吞むような女の子だから、当然のように「美しい」と思ってしまうのだ。  ただ10円玉を数えているだけなのに、どうしてこんなに絵になるのか……。 「やっぱり、だめです」  ため息交じりの雫の声で、我に返った。いつの間にか、すっかり見惚れていたらしい。 「やっぱり、だめですか」  動揺のあまり、意味なく繰り返してしまった。雫は眉間にしわを寄せ、大きく頷く。 「何度数えても、10円足りません」
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