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「どこから出てきたのですか?」
「俺の白衣の袖からです」
咄嗟に噓をついた。
「いつの間にか入ってました。さっき気づいたんです。雫さんに怒られるのがこわくて、ついこっそり戻そうとしてしまいました。すみません」
再び逆鱗に触れるだろうし、簡単には許してくれないだろう。もはや一緒に夕ご飯を食べるどころの話ではない。
それでも、雫が自分自身を責めるよりはずっとましだ。
なんと言われようと、絶対にこの噓を貫き通す!
果たして、雫の大きな瞳は鋭さを増し、室内の温度が一気に低くなった。覚悟していたとはいえ、上がりそうになった悲鳴を呑み込む。落ち着け、俺。思ったとおりの反応じゃないか。
「嘘はやめてください」
ほら、こんなことを言われるのも思ったとおり……え?
「壮馬さんは信心ゼロで、神さまへの敬意が足りなくて、お世辞にも器用とは言えなくて、一緒に奉務していて残念に思うことは度々あります。でも、怒られたくないからといって噓をつくような人ではありません」
「度々残念に思われてるのかよ!」という空前絶後のがっかり感は、一瞬にして消え失せた。
噓をつくような人ではありません──俺のことを、そんな風に……。
雫の瞳は氷塊のままなのに、胸がじんわりあたたかくなっていく。
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