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雫はゆっくりと立ち上がると、瞬きすらせず俺を見つめ続ける。俺もそれを見つめ返す。胸から生じたあたたかさが、全身にどんどん広がっていく。
「それで、本当はどこにあったのですか?」
「雫さんの、白衣と緋袴の間です」
言い終える前に「しまった」と思った。なにを雰囲気に流されているんだ、俺は。雫のため、絶対に噓を貫き通すと決意したのに!
「ま……まあ、ほら、見つかってよかったですよ」
慌てて言葉を継ぐ俺に答えず、震えを抑えつけるような声で雫は言った。
「白衣と緋袴の間に?」
ひくひく動く頬は、みるみる赤く染まっていく。まずいぞ。思っていた以上の反応だ。
「雫さんは悪くありませんよ。自分を責めないでください」
「責めてません……反省しないといけませんけれど、いまは……」
様子が変だ。雫は白衣の袖で口許を覆うなり、顔を背けた。
「わたしはお先に失礼します。壮馬さんは、片づけをしてから戻ってきてください」
「片づけもなにも、あとは着替えるだけ──」
「だめです……5分はここにいてくださいよ。いいですね……ごめんなさい……!」
なんで謝られてるんだ、と思う間もなく、雫は駆けるように事務室から飛び出していった。俺は一人、事務室に残される。
訳がわからなかったが、自分を責めている風でもなかった。怒っている様子でもなかった。あれは、もしかしなくても。
笑うのを我慢していたのでは?
雫も、箸が転んでもおかしい年頃だったということでは……。なら、すなおに笑えばいいじゃないか。俺の前で笑ったら死んじゃう病にでも罹ってるのか、あの子は!?
でも、まあ、そういうところも──。
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