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雫は参拝者には愛くるしい笑顔を見せるけれど、普段は冷え冷えとした無表情だ。でも、ふわもふな猫を前にしたら。
──よーし、よしよしよし。かわいいねえ♥
猫撫で声でそんなことを言って、猫のお腹を撫でて目尻を下げる雫……。
かわいい! 猫とは違う意味で、絶対かわいい!!
「参拝者さまから聞きました。猫がいるそうですね」
氷の礫のような声で、自分が両手の拳を握りしめ、天を仰いでいることに気づいた。慌てて振り向くと、雫が立っている。
「そうなんですよ」
言外に「かわいいですよね」という同意を求め、俺は黒猫を指差した。
雫は答えず、黒猫の後ろ首をつまんで持ち上げる。そのまま、短い四つ脚をぱたぱたさせる黒猫には構わず、冷たい表情を崩さず、すたすた歩き、鳥居に続く階段を下りていく。
え? ええ? えええ?
俺が戸惑っているうちに戻ってきた雫は、手ぶらだった。
「境内の外に置いてきました。さあ、仕事に戻りましょう」
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