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山手──その名を、畏敬の念とともに口の中で呟く。
この源神社があるのは、汐汲坂の真ん中辺り。山手は、坂をのぼった先に広がる地域だ。
この地域には、「港の見える丘公園」や「外国人墓地」などの観光名所だけでなく、異国に迷い込んだと錯覚しそうになる西洋風の建物がずらりと建ち並んでいる。市内屈指の高級住宅街でもあり、住人はいわゆる「セレブ」が多い。
哲子さんがここの一軒家で暮らしているなら、お金が有り余っていることも、お金の使い方が浮世離れしていることも頷ける。
「哲子さんの意思がそこまで固いのなら、わたしたちに相談したことを知られてはまずいのではありませんか」
雫の心配はもっともだが、美和子さんは首を横に振った。
「源神社に相談することは、母に話してあります。『好きにしなさい。散歩がてら、わたくしが話をしに行きます』と言われました」
新築建て替えを強行しようとしているのに、相談はいいのか? 雫も不審に思ったに違いないが、「それなら安心ですね」と笑みを浮かべる。
その場で美和子さんが哲子さんに電話して、明日の午後3時に、ここに来てもらうことになった。
「私も同席したいのですが、母は『一人で行く』と言って聞きません。愛想のない人なのでご迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
愛想がないのか、哲子さん。娘の意向を無視することといい、なかなか手強そうな相手だ。
とはいえ愛想のなさにかけては、源神社の巫女だって負けていない。
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