どうせ住むなら新築で?

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*  次の日。  愛想のなさにかけては、源神社(うち)巫女(しずく)だって負けていない──その考えがいかに吞気(のんき)だったかを、俺は思い知らされていた。    源神社の応接間。  哲子さんは氷壁の如く冷え冷えとした表情で、雫を見据えている。  対峙する雫も、同じく氷壁の如く冷え冷えとした表情だ──参拝者の前なのに。神社関係者以外には、いつも愛くるしい笑顔なのに。  なんだってこんなことに……。冷や汗が額を(つた)い落ちるのを感じながら、俺は現実逃避気味に少し前のことを思い出す。 *  俺と雫は、境内の玉砂利を箒でならしていた。哲子さんとの約束の時間まで、まだ15分ほどある。  ちなみに兄貴は、新築アパートの地鎮祭(じちんさい)──神さまに土地を使わせてもらうことを報告し、工事の無事を祈る儀式──に出かけていて留守。俺たちが哲子さんと話をしている間は、琴子(ことこ)さんと桐島(きりしま)さんに社務所の番をしてもらうことになっている。  箒を動かしていると、初老の女性が目に留まった。纏っているのは、紅葉(もみじ)があしらわれた、見るからに高級そうな着物。残暑の陽射しがまだ色濃い境内に、ひと足早く秋を届けにきてくれたような出で立ちだった。  女性はせわしなく瞬きを繰り返し、方々をそわそわと見回しながら歩いている。顔にはいくつもしわが刻まれ、アップにした髪は真っ白だが、修学旅行の女子高生のようだった。美和子さんの話から想像していたイメージとは違うが、時折、境内で見かける顔だし、もしかして。 「佐野哲子さんですか」  その瞬間、女性の表情が一変した。そわそわは消え失せ、冷たい無表情になる……って、なんで?  俺が突然の変化についていけないでいるうちに、女性は言った。 「左様でございます。約束の時間より早く着いてしまいましたが、すぐにお話を始めさせてください。その方がよろしいでしょう」  こちらの都合も聞かず一方的にそんなことを、鉛のように重々しい声で言われても……。  すぐには言葉が出てこない俺と違って、雫は「はい、喜んで!」と笑顔で即答した。いまのいままで冷え冷えとした顔つきだったのに。昨日、美和子さんと話したときに続いて、あきれるほど見事な変化だ。  でも哲子さんの目は、微かに眇められたように見えた。
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