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哲子さんを応接間に通して、お茶を出す。
「ありがとうございます」
哲子さんは静かに頭を下げて言った。挙措動作も言葉遣いも丁寧だがにこりともしないし、声も重々しいままなので、少しもお礼を言われた気がしない。俺は動揺を隠して、雫は愛くるしい笑顔を浮かべて自己紹介する。
すると哲子さんは、つん、と顎を上げて雫を見据えた。
「芝居はおやめなさい」
本性の雫に勝ると劣らない、凍てついた声音だった。俺は正座したまま思わず後ずさってしまったが、雫の方は笑顔を崩さず小首を傾げる。
「なんのことでしょうか?」
「わたくしは、あなたのような人を度々見てきました。時と場合によって表情を使い分けるタイプなのでしょう。早く素顔をお見せなさい。そうでないと一言も口をききませんよ」
雫が「そんなことを言われましても」と笑顔のまま眉根を寄せても、哲子さんは唇を真一文字に結んだままだった。俺が「まあ、そうおっしゃらずに」と話しかけても、やはり無言無表情。
応接間に沈黙が落ちる。
しばらくの後、雫は小さく息をついた。
「参拝者さまに愛嬌を振り撒くのは、巫女の務めなのですが」
次の瞬間、顔に染み込むように、雫から愛嬌が消えていった。神社関係者にしか見せない素顔が──氷の無表情が露になる。
「おもしろいですわね」
哲子さんは表情を変えないまま、たいしておもしろくもなさそうに鼻を鳴らす。
雫の本性を引きずり出すなんて。
こんな人を説得なんてできるのか?
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