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「失礼します」
廊下から涼やかな声が聞こえてきて、襖が静かに開く。正座していたのは、白衣と紫色の袴を纏った神職──兄貴だった。整った細面と切れ長の双眸が特徴の、我が兄ながらどきりとするくらいの美形である(ちなみに俺とはまったく似ていない)。
「お客さまが来ていると聞いてね──出かけていたので、ご挨拶が遅くなりました。宮司の草壁です」
途中からは、哲子さんに向けられた言葉だった。それが終わる前に、哲子さんの表情が急変する。
目尻と頰が一気に垂れ下がり、口許には「でれでれ」という効果音をつけたくなるような、だらしないにもほどがある笑み。
「お久しぶりですわね、栄達さん」
声まで別人のように甲高い。まるで歌っているようだ。呆気に取られる俺に気づく様子もなく、兄貴は言った。
「ああ、哲子さん。去年、地鎮祭のご依頼をいただきましたよね」
「覚えていてくれたのですね! うれしいですわ!」
去年の地鎮祭を、兄貴に依頼……ということは、まさか?
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