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「超かわいいよな」
「家に連れて帰りたい」
境内に、青年の歓声が響き渡った。雫のことを言っているのか!? 一瞬にして全身が熱くなった俺は、勢いよく振り返る。
俺の視線の先にいたのは、大学生くらいの青年二人組だった。
そして彼らの視線の先にいたのは、一匹の黒猫だった。
なんだ、八咫のことか。
八咫はこの神社の境内で、半ノラで居着いている子猫。名前は、日本神話に登場する「八咫烏」が由来だ(命名者・雫)。
愛想がいい八咫は「みゃあ、みゃあ」と鳴きながら、青年二人のズボンの裾に鼻をすりすりこすりつけている。
ぬいぐるみが動いているみたいで、確かにかわいい。
「餌になるようなものないか?」
「コンビニで買った唐揚げが余ってるけど」
鞄をごそごそし始める青年二人に、雫が駆け寄り「申し訳ありません」と声をかけた。表情は参拝者向けの愛嬌あふれる笑顔ながら、ほのかに眉根を寄せている。
「境内で猫に餌をあげるのはご遠慮ください。汚れてしまうし、虫や烏が寄ってきてしまいますから」
青年二人は雫の顔を見るなり、魂を抜かれたように、そろって口をあんぐり開いた。次いで「すみません」「ご迷惑をおかけしました」とぼんやりした調子で言って、雫の方をちらちら見ながら鳥居をくぐっていく。
絶対また来るな、あの二人。今度は雫目当てで。
それについては深く考えないことにして、俺は雫に言った。
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