琴子さんの装束

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 琴子さんが部屋から出ていった後、俺は腕組みをしながら考えた。兄貴の「事情」がなんなのか、探りを入れたところではぐらかされるのがオチだ。  草壁栄達(あにき)には、どうやっても敵わない。11歳の年の差を差し引いても、頭の回転速度に「越えられない壁」がある。  俺が小学生のときのことだ。  兄貴は、横断歩道を走っていくおばあちゃんを見て、振り込め詐欺の被害に遭いかけていると見抜いたことがあった。焦った顔をしながら、財布に入れたキャッシュカードを何度も確認していたことが根拠だったという。    書店に入ってきた中学生を見て、いじめっ子に万引きを強要されていると見抜いたこともあった。店の外にいるガラの悪い中学生たちに、うかがうような目を向けていたことが根拠だという。  どちらも根拠を聞けば納得だが、ノーヒントで、見た瞬間に見抜いたのだから尋常ではない。似たようなことは、ほかにも何度もあった。  兄貴は「たまたまだよ」と笑っていたし、子どものころの俺は「そういうものか」程度にしか思っていなかった。「大きくなったら自分もお兄ちゃんみたいになれるんだろう」と漠然と思い、「二人で難事件を解決する日が来るかもしれない」と胸をときめかせたこともあった。  とんだ勘違いだったと、いまならわかる。  俺は兄貴のような「名探偵」にはなれなかったし、「二人で難事件を解決する」どころか、住む家や仕事を世話してもらったりと助けられてばかりだ。  そんな相手に小細工を弄したところで、時間の無駄。  正攻法で行くしかない。
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