巫女さんと野球を観にいこう

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*  横浜スタジアムは、一言で言えば快適だった。芝生はエメラルドに輝いて眩しく、遮るもののない空は高く澄み渡って見える。満員のスタンドは熱気にあふれているし、雫と楽しい時間をすごせそうだと思った──試合が始まって30分ほど経つまでは。  試合は、両チームとも投手が好調だった。  正確に言えば、好調すぎた。  点が入らないどころか、走者(ランナー)が出ることすらほとんどない。どの打者も初球を打ってアウトになったり、三振したりで、見せ場がまるでない。どちらのチームの攻撃も、あっという間に終わる。  こういう試合は「投手戦」というらしい。  独特の緊迫感があることは認める。スタンドには、息を詰めて投手の一挙手一投足を見つめている観客が多い。敵味方関係なく、好投の投手に惜しみない拍手が送られてもいる。 「10年に1度あるかどうかの投手戦だな」「俺たちは歴史の目撃者になっている」などと言い合う、いかにも野球通っぽい人もいる。  でも素人にとっては、退屈だった。  4点取ったら5点取られた、その後で2点取って、でもまた4点取られた……こんな風に点を取り合う試合──ネットスラングで言うところの「バカ試合」──の方が、素人にはわかりやすくて楽しい。  雫も退屈なのか、先ほどから全然なにも言わない。売り子さんから買ったジュースにたまに口をつけるくらいで、身動ぎすらほとんどしない。 「もしかして、真剣に見てます?」  一縷の望みを抱いて訊ねたが、「せっかくチケットをいただいたのだから、もっと野球を勉強してくればよかったですね」という答えが返ってきただけだった。  ──まずい!  デートがつまらないと、相手に「つまらない」という感情を抱いたと勘違いすることがある。初めてデートした子とはそれでうまくいかなかったので、身をもって知っている。このままだと、歴史が繰り返されることは必至。  なんとかしなくては!
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