206人が本棚に入れています
本棚に追加
*
横浜スタジアムは、一言で言えば快適だった。芝生はエメラルドに輝いて眩しく、遮るもののない空は高く澄み渡って見える。満員のスタンドは熱気にあふれているし、雫と楽しい時間をすごせそうだと思った──試合が始まって30分ほど経つまでは。
試合は、両チームとも投手が好調だった。
正確に言えば、好調すぎた。
点が入らないどころか、走者が出ることすらほとんどない。どの打者も初球を打ってアウトになったり、三振したりで、見せ場がまるでない。どちらのチームの攻撃も、あっという間に終わる。
こういう試合は「投手戦」というらしい。
独特の緊迫感があることは認める。スタンドには、息を詰めて投手の一挙手一投足を見つめている観客が多い。敵味方関係なく、好投の投手に惜しみない拍手が送られてもいる。
「10年に1度あるかどうかの投手戦だな」「俺たちは歴史の目撃者になっている」などと言い合う、いかにも野球通っぽい人もいる。
でも素人にとっては、退屈だった。
4点取ったら5点取られた、その後で2点取って、でもまた4点取られた……こんな風に点を取り合う試合──ネットスラングで言うところの「バカ試合」──の方が、素人にはわかりやすくて楽しい。
雫も退屈なのか、先ほどから全然なにも言わない。売り子さんから買ったジュースにたまに口をつけるくらいで、身動ぎすらほとんどしない。
「もしかして、真剣に見てます?」
一縷の望みを抱いて訊ねたが、「せっかくチケットをいただいたのだから、もっと野球を勉強してくればよかったですね」という答えが返ってきただけだった。
──まずい!
デートがつまらないと、相手に「つまらない」という感情を抱いたと勘違いすることがある。初めてデートした子とはそれでうまくいかなかったので、身をもって知っている。このままだと、歴史が繰り返されることは必至。
なんとかしなくては!
最初のコメントを投稿しよう!