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雫ちゃんの照れ顔
できるだけ音を立てずに襖を開けたが、小林さんはキャンバスから俺に顔を向けた。
「お邪魔してすみません」
「もう終わるところだから構わんよ」
絵筆をパレットに置いた小林さんは、俺の手にある麦茶を見て口許を緩める。
「こっちこそ、お茶を持ってきてもらったり、調べ物をしてもらったり、何度も呼び出して悪いな」
「いえ、そんな」
むしろうれしいです、と心の中で応じつつ、俺は雫にこっそり目を遣る。
雫は金屏風を背に、緋袴の前に両手を重ね立っていた。小林さんがいるので、他所行きの愛らしい顔つきなのはいつものことだが、白い頬はほんのり赤い。
明らかに恥ずかしがっている──あまり見たことがない雫は、新鮮でかわいい。
雫は、絵のモデルになっている。描いている小林さんは、源神社の氏子さんで、アマチュア画家。
「中学で美術部に入って40年。培われた芸術家としての勘が、君を描けと言っている。フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』や、ルノワールの『イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢』に匹敵する名画が描ける!」
そう息巻いて、雫にモデルを頼み込んできたのだ。
美術に詳しくない俺でも、フェルメールやルノワールの名前くらいは知っている。そんな巨匠に匹敵するなんて、おこがましいにもほどがあるだろう。
雫も困っていたが、兄貴に「小林さんはよく寄附してくれる大事な氏子さんだから協力してあげて」と言われ、やむなく引き受けたのだ。
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