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小林さんのためとはいえ、ここまでされてしまうと俺はこう言わずにはいられない。
「なにも、そこまでしなくても」
「氏子さんに気持ちよく参拝してもらうことも、巫女の務めですから。これで小林さんは、今後も源神社を大切に思ってくれるはずです」
雫はなんでもないことのように言って、境内に続く階段を上りはじめる。背筋を真っ直ぐに伸ばした、凛とした後ろ姿。リズミカルに揺れる、一本に束ねた黒髪。それを見ているうちに、俺の口から心の声が自然とこぼれ落ちた。
「新鮮でかわいかったのにな、恥ずかしがった顔」
言い終える前に失言に気づいた。雫が足をとめ振り返る。左手が、髪をかきあげるようにして耳に添えられる。
「なにか言いましたか?」
「な……なにも。お聞かせするようなことは、特に……」
しどろもどろに否定する俺に、雫は、
「ふうん」
とだけ言った。
雫はそれ以上は訊ねず、俺の方は振り返らず、階段を少し足早に上っていく。そのときになって、俺は気づいた。
雫の声が、心なしか熱を帯びていたことに。
もしかして、いまの雫は──絵のモデルになっていたときとは違って、本当に──。
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