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雫の朝が早すぎる~汐汲坂ジョギング編
つき合っているわけでもない好きな子の寝顔をまじまじと見つめる──言うまでもなく、そんな機会は少ない。
たとえば、授業中、隣の席で好きな子がうたた寝していたとする。これなら寝顔を見放題に思えるが、「まじまじ」見つめているところを第三者に悟られたら最後、学校生活を送ることが著しく困難になる。
そういう意味では、いまの俺のこのシチュエーションは恵まれているように見えるかもしれない。なにしろ二人しかいない居間で、好きな女の子──久遠雫の寝顔を見られるのだから。
しかも着ているのは、巫女装束。ただでさえ美少女顔の雫が、一層美しく、凛々しく見える。
座布団を枕に仰向けになり、組んだ両手をお腹の上に載せ、規則正しい寝息を立てる雫。その寝顔はあどけなく、17歳という実年齢よりも幼く見えた。目の前でこんな無防備な姿を曝してくれるのだ。俺だってうれしくないわけではない。
でもいまは、それどころではなかった。
「雫さん、起きてください。昼休みが終わっちゃいますよ!」
絶対に時間どおりに起こしてくださいね──電池が切れた人形のようにぱたりと横になる直前、雫は冷え冷えとした声で俺にそう告げた。起こさなかったら、どうなるかわからない。
なのにさっきから何度肩を揺さぶっても、起きる気配がまるでないのだ。
救急車を呼んだ方がいいんじゃないか、と本気で思いかけたところで、雫の瞼がゆっくりと持ち上がった。でも目の焦点は、まるで合っていない。
「壮馬さん……なんですか……」
「早くしないと、昼休みが終わります」
「それは、いま考えないといけないことなのですか」
「いまほど考えないといけない状況はないと思います」
雫はまだぼんやりしていたが、段々と意識がはっきりし始めたらしい。
「起こしてくれて、ありがとうございます」
声こそまだふわふわしていたものの、半身を起こし大きく伸びをした。
ここ最近、昼休みはいつもこうだ。相当疲れている。
「やっぱり、無理して早朝ジョギングはしなくてもいいんじゃありませんか?」
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