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一般に、神社の朝は早い。源神社の場合は、毎朝5時半に朝拝を始める。
雫はその前に、ジョギングしているのだ。
源神社は、横浜屈指の傾斜を誇る汐汲坂の中ほどにある。この坂の傾斜は11度。ちょっとしたスキー場級の坂である。雫はここを、全速力でかけのぼっているらしい。いくら運動神経抜群でも、毎朝こんなことをするのはさすがに無理がある。何度も忠告しているのだが、
「鍛えないといけませんから」
今日も雫は、断固拒否して立ち上がった。いまや目の焦点は定まり、口調もしっかりしている。ちょうどそのとき、「休憩をいただくよ」と言いながら兄貴と琴子さんが居間に入ってきた。雫は「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げ、入れ違いに出ていく。
「雫さんは、今日の昼休みもぐっすりだった。早朝ジョギングをやめるつもりはなさそうだ」
俺がため息をつきつつ雫に続こうとすると、琴子さんが快活に笑って言った。
「男の人と会っているのかもね」
足がとまった。
雫が、男と? だからあんなに頑なに毎朝? だとしたら……ジョギング中に会うくらいだから相手はスポーツマンで……雫は合気道もやっていたから運動関係で話も合って、盛り上がって……。
「だめだよ、琴子さん。壮馬は本気にするんだから──ま、おもしろいからいいけど」
兄貴の笑い声は、はるか彼方から聞こえてくるようだった。
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