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「雫さんは、白峰さんにだけ厳しいんですか」
意識しないと声が裏返りそうな俺に、雫は小首を傾げた。
「そんなつもりはありませんが、白峰さんは神職としての自覚に欠ける行動が目立ちますから、言わなくてはならないことが多い気はします」
「ほう、特別扱いか。よっぽど俺のことが好きなんだなあ、嬢ちゃん」
にやにや笑う白峰さんに、雫はゆっくりと顔を向けた。
白峰さんを見つめる純黒の瞳には、なんの感情も浮かんでいない。怒るとか白けるとかそういうものが一切ない、完全なる無だ。
人は、ここまで虚無の眼差しを他者に向けられるものなのか。
白峰さんが、数歩後ずさる。
「……す、すみません。なんかよくわからんけど本当にすみません」
「謝罪は結構ですから、壮馬さんを見習ってください。尊敬に値する人なんですよ」
尊敬? 聞き違いかと思ったが、白峰さんが言った。
「嬢ちゃんは、坊やを尊敬しているのか?」
「もちろんです。失敗も多いですが、信心ゼロなのに、こんなにまじめに奉務しているんですよ。すばらしい人です。わたしも見習わなければと常々思っています」
雫の桜色の唇から紡ぎ出される言葉の数々──尊敬──すばらしい人──見習わなければ──、本来ならうれしいはずのそれらに、後頭部を殴られた気がした。
雫は、俺よりも白峰さんに厳しい……央輔のデレツン理論に従えば、最も「ツン」としている相手は白峰さんということに……じゃあ、俺のことは別に……。
昨夜から続いていた興奮が急速に冷め、ふらり、と身体が傾いてしまう。
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