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雫が足をとめたのは、疲れたからではない。最初からここ──元町百段公園が目的地だったようだ。
源神社の近くにあるのに来たことはないが、俺も存在は知っている。「きれいな割に昼間から人が少ない」ということで、一部では有名な公園である。
ただ、ここから見渡せる横浜の街──元町や中華街、遠方にそびえ立つビル群など──は絶景だった。なぜか西洋の神殿を思わせるデザインの柱が立ち並んでいることもあって、足を踏み入れると異世界に迷い込んだような感覚を抱きそうだ。
強引に呼吸を整えながら公園に近づいた俺は、入口の煉瓦塀の蔭に身を潜める。
早朝の公園には、雫を含めて三人の人がいた。
一人はベンチに座った中年女性。もう一人は、横浜の街の方を向いた、車椅子の男性。髪は白く、かなりの高齢であることが後ろ姿だけでも見て取れる。
雫は、その老人と話をしている。
「昨日も暑かったが、今日もかなり気温が上がるようだ。熱中症には気をつけてな」
「ええ、秋葉さんも」
明らかに顔見知りだ。どういう知り合いなんだろう、と思っていると、雫は言った。
「こう暑いと、元町百段をのぼるのも一苦労です」
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