金肉マン

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銀行からの帰り道、志童(しどう)は浮き足立っていた。 それでいて一歩一歩、ゆっくりと踏み込むように歩いていた。本当は走って、一刻も早く自宅に避難したかった。 しかし、落としても困る、怪しまれても困る。だから、いつも通りの志童の歩幅で歩いていた。 志童は自宅への帰路の途中で立ち止まった。我慢できなくなり、周りに人がいないことを確認してから、右ポケットにしまってある50万円の札束を掴み上げ、愛撫した。 (いや〜家に入るまで見ないようにしようと心に決めていたが……負けた‼︎ 耐久戦に負けた‼︎ でも仕方ねぇ。グラマラスな美女よりも、男のロマンとして名高い戦車やオートバイよりも、今の俺を誘惑し、ダメな男にするもの、それはこの札束‼︎) ひとしきり撫で撫でし、舐めるように見た後、札束の端が折り曲がらぬよう、丁寧にポケットにしまった。 志童が札束をバッグに入れずポケットに入れていたのは、落とすリスク以上に、バッグに入れて引ったくられるリスクを案じたためだった。 それから2分程で、2階建てアパートの前に着いた。そして、無事に1階にある志童の部屋の鍵を開けて、中に入った。 それと同時に、怒涛の勢いで襲って来たものは安堵感。心も頬も緩んだ。 (長かった。長い道のりだった。たかが往復10分の距離が……でも、俺は勝った‼︎) 志童はポケットから札束を掴み上げた。 そしてお札を束ねる帯を外し、床に一枚一枚均等に並べた。 (ある。50枚ちゃんとある。希望の50万円。今までは金に苦しめられてきた。でも今は、こいつがゆとりをもたらしてくれる) 安堵感と希望。しかし、それ以外にもう一つ、志童の心の中になければならないものがあった。それは……罪悪感。 (母ちゃんに電話して頼んだ時は緊張したけど、案外楽に騙せたな。良い親の元に生まれたぜ) 志童は、女手一つで育ててくれた母親を、事故で腕骨を折り、バイトも当分の間休むことになった上、治療代と経過観察のための金が必要だと騙して、50万という大金を手にしていたのだ。理由は明白。連日連夜のパチンコですり、金欠だったのだ。 志童は病気だった。 頭の中は、寝てる時でさえパチンコのことでいっぱいだった。 今日も、本当は銀行からパチンコ屋へ直行したかったが、50万円をポケットに入れたままロクデナシ共の巣窟に行くほど志童は馬鹿ではなかった。 (早く打ちてぇ‼︎ そして勝つ、今度こそ勝って、俺は勝ち組の仲間入りを果たす‼) 志童はお札を一つに束ね直した。 そして、たんすの引き出しを開け、もう一つの50万円と重ねた。 実は志童は、母親を騙す前に高齢の祖母のことも、アパートが火事になり、全財産燃えてしまったと騙していたのだ。 勿論、祖母から母親に連絡でもされぬよう、母ちゃんには心配かけたくないという口実で、火事のことも、金を振り込むことも口止めしていた。 そのことで味を占めた志童は、同様の手口で母親も騙し、計100万円もの大金を手にしたのだ。 時間を確認すると、9時半を過ぎていた。パチンコ屋は10時開店だった。 本来なら、好調の台を他の客に座られる前に行くべきだが、今日の志童は落ち着いていた。 (急がば回れ。大事なことは自分のペースを乱さないこと。今俺がやるべきことは、焦って店に行くことより、睡眠だ) 志童は、パチンコはスポーツだと心得ていた。勝つための最重要ポイントは、心身のコンディション維持。銀行の行き帰りで溜まった疲労を取り除くことが、勝利を手繰り寄せる。 100万円となった札束を再びポケットにしまい、何となしに鏡に映る自分の顔を見た。 (我ながら良い顔してるぜ) それから床に横になり、目覚まし時計を12時にセットして、1分もしない内に眠りについた。
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