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ある春の日に
くすくす、と控えめな笑い声がした。
嫌な感じは全くない。どころか、若い女の子が友達と戯れる時特有の、可愛らしい声だった。
それをベンチに座り眺めながらぼんやり思う。
若いっていいなー……なんて。
自分がこんな風に思うなんて、彼女たちの年頃にはまさか思わなかった。
過ぎていくセーラー服の女の子達を横目に見ながら、あ~あとため息ついでに空を見上げる。
春の空はほぼ水色だ。
晴天晴天、まさにお花見日和。
だのに私の心境といったら……。
またまたぼけーっとしていたら、なぜか頬にすうーっと流れてくるものを感じた。
膝の上に置いた白い封筒に、ぽたりと雫が落ちる。
ありゃ、まさかこんな場所で、公園のベンチのど真ん中って、おいおい……なんて思いながら頬をそっと指先で辿ると、案の定涙の跡で。
しかも後からあとから流れてくるもんだから、ちょっと慌てた。だけど半分、諦めてもいる。
うわぁ、こんな晴れた日に、みっともないな、私。
失恋OLの公園泣きとか、絵面的にかなり痛い。
自分のどうしようもなさに呆れながら、より沈んでいく心の重さに苦笑した。
今更だけど、今の私の格好はスーツだ。それもばりばりのリクルートスーツ。
ちょうど三年目になるせいか、脇のところが擦れて生地が毛羽立っている。
元々そんな良い品でもないし、仕方がない。デパートのセール品ならこんなもんだろう。
髪型はよくあるひっつめ。ロングだから後ろで一本に括って、バレッタで後頭部にパチンととめてある。
事務の人とか、お局って言われる人がよくやってるスタイル。染めてもいない。
ほんと、お洒落も何もあったもんじゃない。
仕事は確かにし易い。誰にも難癖つけられないから。下手にお洒落してると、女は色々面倒だ。
だけどそんなバリバリOL姿の女が、こんな真昼間から公園のベンチで空見上げて泣いてるとか、普通に考えてもかなりヤバイと思う。
散歩中とか絶対に遭遇したくない。自分でやっといてなんだけど。
そう、自分でも思うのに。
「っと、とまら、なっ……」
つーっと流れていく静かな涙に、勝手に嗚咽が混じる。自分でもやめなければと思うのに、身体は言うことを聞いてくれない。コップに入りきらない水が溢れるように、とめどなく涙が出続ける。
ベンチに座って顔を俯けているせいか、通り過ぎる人の視線を感じた。
お願いだから見ないでほしい。自分でもみっともないのはわかってる。
それに、こんなところ会社の誰かに見られたら、恥ずかしいなんてもんじゃない。
ここは会社の近くだから、いつ誰が通っても不思議じゃない。
現に私だってここでお昼ご飯を食べようと思って来たんだし。普段はそうしてる。
……今日は結局、喉を通らなかったけど。
それにしても涙、止まってっ。
言い訳とか焦りとか、色々考えながらぐっとこれ以上涙が出ないように踏ん張る。
が、やっぱり止まらない。
ああ駄目だ。これ本気で止まらないやつだ。
情緒不安定ってやつだわ。
そうだ、顔を下に向けたまま、なるべく早足で家に帰ろう。早退することになっちゃうけど、今まで無遅刻無欠勤だったし、一回くらい許されるでしょ。
かなり苦しい言い訳を自分にしながら、私はお弁当と白い封筒を鞄に突っ込みベンチから立ち上がった。
涙腺崩壊については開き直るしかない。
バッグは右肩にかけてあるし、特に会社に取りに戻るようなものもない。
なら、このまま直帰コースでもなんら問題はないというわけで。
……よし!
私は俯いたまま、一歩を踏み出そうとした。
その時だ。
「おーねーえーさんっ」
「っきゃ!」
突然、右手首をくんっと引っ張られて驚いた。ついでに身体も傾いていく。
「わ、わわ!」
「おっと」
ぐらり、とよろけた私の身体を、誰かの片腕が支えてくれた。がっしりした太い腕に、私の腰が綺麗におさまる。
同時に身体がふわりと温かいものに包まれた。
ぐっと抱き込まれた自分の腰に目をやると、ちょっと焼けた肌の鍛えられた腕が巻き付いている。腕には、金と銀の厳めしいブレスレットが二連光っていて。
ちらりと見えた手の指先には、これまたゴツい造りの指輪もあった。
黒い宝石みたいなのは、オニキスだろうか。
これで殴られたらめちゃくちゃ痛いだろうな、なんて変な感想を抱く。
って? え?
待って、これ、誰の腕?
吃驚して腕を辿り目線を上げると、見た事のない誰かの顔があった。
というか、これまで関わった事の無いタイプの顔があった。むしろ関わりたくないというか。
春の空に金色の髪がきらきら輝いている。生え際は黒いから、恐らく日本人なんだろう。
けれど顔立ちはハーフかと思うほど彫り深く、くっきり二重で垂れ目がちの瞳は女性受けしそうな甘さがある。
なのに彼の耳にはこれでもかというほど沢山のピアスが付いていて、その仰々しさが派手な金髪と相まってお近づきになりたくない印象をさらに強めていた。
「急に声かけてごめんね? でもお姉さん見てたら放っとけなくてさ」
「は、あ……?」
今私の視界にあるのは、水色の空と派手派手しい金髪頭。
普段なら絶対にお目にかかりたくないタイプの、ばりばりなヤンキー兄さんの顔だ。
「ね、お姉さん。今から俺とどっか行かない?」
「へ?」
ヤンキー兄さんは綺麗な顔立ちからは意外な人懐っこい笑顔で、そう言った。
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