気が付いたら頷いてました

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気が付いたら頷いてました

 ナンパだ……!  一瞬パニックになったものの、台詞がまんまだったので即座にそう判断した。  しかも今時お昼のドラマですら使われてなさそうな常套句だ。  『今から俺とどっか行かない?』なんて言われて、今時ついていく女性がいるだろうか?  まず、いないと思う。  しかも相手は目が覚めるような金髪と、よく見たら首にも腕にもゴツいデザインの金銀アクセサリーをじゃらじゃらつけているような人だ。服装は若草色のパーカーにデニムといったシンプルなものだけど、ラフ過ぎて軽薄そうな印象を受ける。  年齢は……私と同じくらいか、もしくは一つ二つ下、くらいだろうか。  どっちにしても平日の昼間っからこんな格好で公園にいるあたり、まともな仕事をしている人とは思えない。  いや私も人のこと言えないけど。昼休憩から午後の仕事仮病早退するつもりだし。  しかし、見た目で人を判断するなとは言うけど、こんな危なげな人にほいほい付いていったりしたら、どうなるかわかったもんじゃない。  というか、今の状態も十分、やばくない……!? 「わ、私そういうタイプじゃないんで……! だから、は、離して……っ」  未だ私の腰を抱いたままの金髪男きっと睨み付ける。  今ほど自分の目からレーザービームが出たらいいのにと思ったことはなかった。  彼はよろけた私の腰に腕を回したまま、なぜか動きを止めていた。  おかげで私と彼は至近距離で向かい合わせになっている。なんだか色々近い。  顔が近い。日本人離れしたヤンキーフェイスがめちゃ近い。綺麗な上にど迫力。  何の拷問だこれは。  いくら顔が良くてもナンパ師ヤンキーなんてごめんだ。  絶対ろくでもない男に決まってる。  で、あれば。  こういう時は……逃げてなんぼだ!  少女漫画とかならこういう時、颯爽とヒーローが現れるんだろうけど現実は違う。  ヒロインが私だからかとか自嘲したくなるけど今は無視。  社会人OLは自分の身は自分で守るのだ!  私は右足を後ろに引き、普段デスクワークで使っていない筋肉をフル稼働させて拘束から逃れようと力を入れた。  すると、急にふわっと身体―――というか腰が解放されて、おや? と呆気にとられる。 「ああごめん。抱き心地いいから、つい」  私の抗議に、金髪のお兄さんはごめんごめん、といった風に軽く謝りながら身体を離した。  全然悪いと思ってなさそうな言い方と「抱き心地」という感想に、ちょっとだけむっとする。  それは私の身体がふよっとしてると言いたいのか。  かのビーズクッションのようにもたっとしてると。そう言いたいのか。  ヤンキー兄さん相手だというのに、私の中の生来の負けん気が顔を出す。  が、ふと右手の違和感に気付き目を向けた。 「あの」 「ん?」 「どうして手、離してくれないんですか」 「あー……」  指摘したら、にこーっと笑顔で返された。や、だから何の笑顔ですかそれ。  キラキラしてますが単に髪の毛光ってるだけですよね金髪ですし。  じゃなくて、はーなーせーっ!  ぐぐぐ、と手を引き抜こうと頑張るものの、細身な外見とは違い存外力があるらしいお兄さんはびくともしない。  これはいよいよ大声を出すべきか、と思案していると、お兄さんは慌てたように早口で話し始めた。 「いやいや、だいじょーぶだって! 別に変なことしないからっ。それにおねーさんその顔じゃ歩いて帰るにしてもしんどいでしょ?」 「え……」  言いながら、お兄さんは自分の目元を空いた方の手で指差していた。  長い指先が綺麗な卵形の頬をつうっとなぞる。どうやら涙の跡を指しているらしい。 「そん―――」 「俺もさぁ、ちょっと今日しんどい事があってさ。泣きたい気分なの。でも一人じゃいたくなくてさー……だから、お姉さんに付き合ってもらえたら、有り難いんだけど」  そんなの大きなお世話だ、と言おうとしたのに、お兄さんがそう言って私の前で両手を合わせたもんだから、つい喉がつっかえた。  「泣きたい気分なの」と軽く話したお兄さんの焦げ茶の目に、自分と同じ痛みを見たからだろうか。  せっかく手を離してもらえたんだし、そのまま立ち去ればいいのに、って自分でもわかってる。  だけど気付いたら、私はなぜか明らかにヤバそうなお兄さんのその提案に、頷いてしまっていた。
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