初タンデムでGO!

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初タンデムでGO!

 ……乗せるって、バイクのこと?  てっきり車だと思っていたから少し驚いた。  しかし、テンション高めのこのお兄さんには確かにバイクの方が良く似合うかもしれないな、と思い直す。   「このバイク、貴方の?」  バイク前まで来たところで訪ねると、お兄さんがにっと笑って頷いた。   「そ、コイツが俺の相棒ってわけ!」  言いながら、お兄さんはバイクの後部を何やらごそごそ漁り始める。  なんていうか、綺麗な人なのに無邪気な顔をするなあと思う。  好きで乗っているタイプなのだろう。  彼のバイクはボディは全体的にマットなブラックで、所々にライムグリーンの差し色が入っている。確か有名な国産メーカーのトレードカラーだ。 「乗せてくれるってバイクの事だったんだ」 「怖い?」  お目当ての物が見つかったのか、お兄さんが私の方に振り向いた。  窺うような瞳と視線がかち合う。どうやら怖じ気づいたと思われたらしい。  怖いというより、経験が無いからわからないだけで、今更彼の提案を断るつもりはないんだけどな。 「乗ったことなくて」 「気持ちいいよ-。よく風を切るって言うけど、そんな感じ!」 「その説明ざっくり過ぎない?」 「あっはっは! まあ、大丈夫だよ。安全運転で行くから。で、はいこれ」  私がやめると言わなかったのが嬉しかったのか、お兄さんは上機嫌で手にある物を渡してくれた。大きな丸いフォルムは、ベージュ色のヘルメットだった。  お兄さんの方はバイクと同じ黒い色のを手にしていて、手早く装着し始めている。 「ヘルメットの予備持ってるんだ。コレって貴方の彼女さん用とかじゃないの? 借りて大丈夫?」  訪ねるとお兄さんは一瞬あれ? とした顔をして、何かに気付いたみたいに急にピタリと動きを止めた。そして片手を目元に当て「あちゃ~」と呟く。   「どうしたの?」  突然おかしな行動を取るお兄さんに、疑問符を浮かべながら聞くと、彼は掌の下にある焦げ茶色の目でちらりとこちらに視線を寄越した。  なんだかバツが悪そうに見えるのは気のせいだろうか。   「ごめん……! 名前言うの忘れてた……今更だけど、俺は川崎草(かわさきそう)。草って呼んでね」  反応に困っているとお兄さん―――草さんは突然両手をぱんっと合わせ、私に向かい頭を下げた。  彼の顎下でヘルメットのベルトが揺れる。 「そんな、いいですよ、気にしなくて。私も名乗ってなかったし。あ、私は雪平依子(ゆきひらよりこ)です。ってこっちも今更ですね。それはそうと、名字が川崎って……」  頭を下げられているのが居たたまれなくて、無理矢理に会話を方向転換させた。 「あ、気付いた? そそ。自分の名前に合わせてコイツ買ったんだよー。もう今じゃぞっこんでさ。メットの予備は時々弟を乗せてるから持ってるだけ。……だから、彼女はいないよ。募集中だけど」  私がわざと話を変えたのに気付いたのか、顔を上げた草さんが穏やかな表情で言った。  年齢を聞いたわけではないけれど、その顔がなんだか私より年上に見える。  弟さんがいるそうだから、お兄さんぽく感じるんだろうか。    だというのに名字に合わせてバイクを選んだと聞いて、つい笑ってしまった。    ぞっこんって言い方も今日び聞かないな。  なんていうか、見た目に似合わない懐っこさと言い回しをする人だなぁと思う。  「お、笑顔出た。いいね! じゃ、そろそろ行こっか。後ろ乗って」 「ええと。お、お邪魔します……」  先にバイクに跨がった草さんに促され、おっかな吃驚で後ろに座る。それからバレッタで留めていた髪を下ろしてヘルメットをかぶった。髪を解いたのはなんとなく、ヘルメットの邪魔になるかと思ったからだ。  すると見計らったようにぱっと腕を取られ、彼の腰あたりに手を持って行かれた。  ここを持て、ということらしい。  男の人に後ろから抱きつくなんて初めてだ。  どうしよう。ってやるしかないか。  うう、でも流石に緊張するなぁ。  躊躇っていると、ふと視線を感じた。ぱっと目を向けるとサイドミラー越しに笑顔の草さんと目が合う。なんだか「大丈夫」と言われているような気がした。  恥ずかしかったものの、私は清水の舞台から飛び降りる気持ちで両手を彼の腰に回しひっつくようにした。  空気を吸い込むと、鼻腔に微かな男性特有の匂いと、他に不思議な華やかな香りを感じる。  ん? なんだろこれ。すごく良い匂い。  何かの花の香りみたいな。香水……かな?  それにしては自然な香りだけど。  香水か何かだろうかと思って、何となくすんすん嗅いでみる。すると、ひっついた背中が僅かに跳ねた。 「っ」  あ、まずい。  何かいい匂いだったからつい嗅いじゃった。  もしかして、変態だと思われた?  やらかしてしまった失敗に、思わず青ざめる。  冒険してみようとは思ったけれど、痴女になりたかったわけじゃない。  一体自分は何をやっているんだと、自分で自分を張り倒したくなった。  嫌な思い、させちゃった?  降りろって言われるかな?  恐る恐る、ヘルメット越しに彼の様子を窺う。  けれど見えるのは背中と後頭部のみで、表情はわからない。  サイドミラーを見ても顔がそっぽを向いていて見えなかった。  ただ、耳たぶが少し赤くなっているような……やっぱ気のせいか。  どうしようか悩んだものの、何も言われないのを良いことに私は彼が出しておいてくれたバイクのステップに足を乗せた。やっぱり駄目って言われたらその時はその時だ、と脳天気に考えて。   ええと、確かバイクで二人乗りするのをタンデムって言うんだっけ。  バイク自体も、二人乗りも、初めてだらけだわ。 「大丈夫?」 「っあ、はい! 乗れました」  そんな風に考えていたら、草さんが声を掛けてくれた。  どうやら先程のは私の気のせいだったらしい。  というか、彼の声が直接身体越しに響いたせいで、少し吃驚した。  私が返事を返すと、草さんがバイクのエンジンをかけた。予想はしていたけど、結構音が大きい。公園にいた人達の視線が一斉に集まるのがわかり、私はさっと顔を俯けた。  頬が熱いのは、草さんの背中にくっついているからだろうか。  それとも、周囲から注目されたせいだろうか。  たぶん両方だ。 「しっかり掴まっててねー」   「はい!」  早くなる胸の鼓動をなんとか落ち着けようとする私に、草さんはヘルメット越しに軽く告げて、コンクリートの上を泳ぐようにバイクを走らせた。
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