揺られ

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「急にどうした、まさかあいつのことでなんかあったんか?」 いつもと同じ、少々茶化すような喋り方だ。 3秒ほどの沈黙の後、黙ってわたしが頷くと、 そいつは表情を変えて細い目をさらに細めたように思えた。 「なんだよ、なんか嫌なことでもあったんか。」 今度は低いトーンだ。深刻そうに聞く。 今度はふざけている様子ではない。 わたしがそいつの顔を 想像で話しているのには理由があった。 どうしてもそいつのどこか温かみのある声に、泣きそうだった。 でも、我慢した。 普通を装いたかったのかもしれない。 なにがあるわけでもない 床に敷かれたベージュのカーペットと 赤いソファの境目をしきりに見つめていた。 恥ずかしくなって、 靴を脱ぎ足を抱えるようにして座り直した。 そいつはそれ以上何も言わなかった。 呼び出しておいて 黙っているのも違うよなと思い、 ゆっくりと口を開いた。 「振られちゃったんだよね、あの人に。」 そいつは何も言わなかった。 2人で黙りこくったからか、 わたしの目には涙が滲んでしまった。 やがて頬を伝うほどにまで溢れてしまい、 声を出さないようにして泣いた。 それを見通したかのようにそいつは ロビーの床に向かってに投げ出されていた脚をわたしのいる方へ上げ、 ソファに寝っ転がった。 そして膝を曲げ、 頭が少しだけわたしに近づいた。 そんな重く受け止めるなよ、と言っているように呑気なそぶりをしていた。 そう伝えたかったんだと思う。
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