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「おい婆、それでどうなんだ」
「どうもこうも」
貞治の問いに、赤い唇が紫煙を吐く。
「……よく死んでおらぬな」
「だが平気そうじゃねえか」
「戯けが。あれは間に合わせじゃぞ」
白粉をはたいた顔を顰め、擦り寄ってきた猫又の背を撫でるのを見た。
「婆、あれはなんなのだ」
「あれか。あれはのぅ」
流し目ひとつ、くれると一呼吸おく。
「呪術じゃなあ。しかも相当厄介ぞ」
「なに?」
「昨日今日のことではない。辻崎 修司――こやつの魂魄には絡みつくように様々な者が取り憑いておるぞえ」
さすがは三途の川にて、亡者の罪の重さをはかるとされる鬼女。
そうそうに彼に憑きし物の怪の正体見たり、と思いきや。
「色んな顔がな、ある」
「え?」
「女や男。蟲や赤子もおるぞ。それらが、どろどろの泥のようにな。溶けて縋りついておる……離さぬ死ぬまで、とばかりになあ」
「それらが悪さしてるのか」
「さあて」
「おい」
どこか歯にものの挟まったような口ぶりに、彼は太眉を顰めた。
「分からぬものは分からぬ。生者には滅多なことも出来ぬでのぅ」
「しかし」
これでは祓い用が分からんだろう、と尖らせた口をせせら笑われる。
「この者の生まれ縁にも、深く関わっておるのであろうて。ともかく、これは呪じゃ。迂闊な事をするでないぞ」
話はこれまで、とばかりに煙管の灰を火鉢に叩き落とす。
「畜生め」
貞治はそうぼやき、ため息をついた。
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