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「兄さん、入りますね」
「! 」
応える間もなかった。
すぐに開いた襖から覗いたのは、千代の顔だ。先刻と打って変わって、機嫌が良いらしい。
目元を薄ら紅色に染めて、声にも色なんぞ滲ませて。
「お客様ですよ」
まるで何処ぞの良家の子女のように、上品に会釈などする。その変わりように、彼は薄気味悪さすら感じて黙り込んだ。
「失礼」
――千代の後から入ってきたのは、一人の青年であった。
透けるような白い肌。整った容姿に、涼し気な目元をこちらに向けている。
「やぁ『久しぶり』」
嗚呼、あの男だ。と彼は観念するように息を吐いた。
男の細く長い指が、自らの唇をそっと撫でたからである。
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