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通りすがりの女学生に片恋するのと、訳が違うのだが。
貞次はそんな言葉を脳裏に浮かべ、口を開きかける。
その時。
「お待たせいたしました」
女給が、伏し目がちで盆に乗った珈琲を持って現れた。よって慌てて口をつぐむ。
しかし、さして表情を変えず洋卓に珈琲を二つ。
微かな茶器の触れ合う音のみが、彼らの耳を打った。
「あぁ、ご苦労だったね。これ、納めたまえよ」
そう言って、岸根が差し出したのは一円札。
些か、所帯染みた例えで恐縮であるが。米が十瓩キログラムで、一円十九銭ほどである。
――その気前の良さは、推して知るべし。
「あら」
女給は、小さく声を上げる。
そして尚一層、目元を赤らめ岸根を見上げた。
「本当に私、恥ずかしいわ」
「何を恥ずかしがることがあるものか。君が手ずから入れて来てくれた、美味い珈琲の御礼さ。むしろ当然の如く、と受け取っておくれよ」
白魚のような手を柔らかく取って、彼は女に微笑みかける。
女は瞳を潤ませて、彼を見上げる。
それを貞次は、すっかり冷めた珈琲を啜りながら眺めていた。
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