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六ノ刻、焦燥と秘め事
街も外れれば虫の音しか響かない。
初夏であれば、けたたましい蛙の鳴き声が聞こえようが。
そんな夜を二人はただ歩く。
「おい」
「なんだよ。あの話ならしないぜ」
どこか気だるげなのは、単なる疲労ゆえか。
否、貞次には視えていた。
彼の着込んだ服の襟元からのぞく、忌まわしき黒髪を。まるで宿主の養分を吸い喰らうよう、ぬるりと伸びたそれは明らかに蝕む速度が上がっている。
「っ、ぅ……」
「大丈夫か」
ふらりと、たたら踏んだ身体を抱き支えた。
か細い息を吐き、修司がなんの抵抗もなくいるのを見て『いよいよか』と心に焦りが灯る。
「なあ先生。話してくれ」
「嫌だよ」
「さっき話じゃねえよ」
さっきの、とは奪衣婆が彼に視た『良きもの』について。
自分ばかりが弱みを握られてなるものか、絶対に聞き出してやろうと心密かに決めていたのだ。
しかし今はその話ではない。
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