六ノ刻、焦燥と秘め事

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「地獄の鬼神が、(さじ)を投げる程だ」  色のない唇が自嘲げに、弱々しく言葉をかさねる。  もはや自力で立っているのも大義なのだろう 「思えば、恥にまみれた生涯を歩んできたものさ」  彼の言う恥、とはなにか。夜の街をさまよい。恋や愛の名のもとに、享楽に身を置いたことだろうか。  呪いのさせた事とはいえ、多くの心中事件を起こした『恥』か――いずれにせよ、貞次が問いただすことではない。  ただひたすら、痩身の肩を抱く。  歳下である自分より、幾分も小柄な身体を。  気丈にも、着込まれていた洋装の端から見え隠れする黒髪が憎らしい。  そう。憎らしい、と思ったのだ。 (なぜ俺が) 「先生。大丈夫か」 「慣れぬ口を叩くなよ」  目を細め、まぶしそうな顔をする。  細腰の女のように、しなだれかかる男。その姿を見て、なぜだか非常に腹立たしく。そして美しいと感じた。  儚くも美しい、とはこのようなことか。 (くだらない。こやつの書く、恋物語のようだ)  ものの半分も読まず、閉じた書籍を思い出す。  可憐にて愛らしげな少女より、物憂げな人妻と情を交わす青年の話であった。 (所詮、上っ面だ)  醜さを愛せ、などと。  自分とそう変わらぬ年頃であるくせに。不遜で、傲慢。なのに妙なところで悟ったような顔をする。  もっというならば、そのような男がの命が、尽きる寸前なのが余計に気に食わない。 「あんた。生きたいって言っただろうが」 「……」 「おい」 「生きなくてはならぬ、とその口で言っただろうが」  小さな顎をつかみ、視線を合わせる。色素の薄い瞳は、小さく揺れた。  迷っているのだ。苦しいだけの(悪あがき)に喘ぐか、ならばいっそのこと身を任せてしまおうか。この濡れた黒髪にくれてやるか、などと考えているのだろう。 「あんたの小説、読んだ」 「そうか」 「俺には、さっぱり分からねえ。耳障りの良い、飾りたてた御伽噺(おとぎばなし)だ」 「……ああ」  貞次の言葉に、修司は一瞬口の端を上げて笑う。 「かもしれないな」
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