弐ノ刻、好色と軽妙

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幼い頃から、霊や(あやかし)を見る兄を彼女はどう思っていたのだろう。 時折奇異な行動をする彼を千代は心配こそすれ、彼の見る世界を信じることは無かった。 貞次自身もそれは仕方の無い事だと思っている。むしろ一緒になって怪奇などに巻き込まれたら、厄介だ。 「喧嘩でもなさったの?」 「いや」 「それとも溺れた仔犬でも、助けましたか」 「うむ」 「嘘でしょうね。兄さんの顔なんぞ見たら、犬の方が泳いで逃げてしまいますもの」 「酷い奴だな」 「そうかしら」 なかなか辛辣な妹だ。 ぽんぽんと出てくる軽口に『いや』だの『うむ』だのしか返せぬ男。それが彼である。 「おいおい、それくらいで勘弁してくれ」 「するものですか。だいたい、私には『夜道は危ない』だなんて云うのに。ご自分はどうですか」 「それはだな、男と女で――」 「まあ呆れた! この文明開化時代に、そんな(かび)臭い事を」 「黴とはなんだ。口が過ぎるぞ」 「女は洋装して、街を歩く時代ですよ? 耳隠しに……」 「またそれか!」 貞次は大仰に頭を抱える。 耳隠しだか角隠しだか知らんが、女が口達者なのは時代なのではない。普遍なのだ、と骨の髄まで滲みさせられる。 ――その時であった。
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