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『……主』
風のそよめきのような、声。
式神、柚のものだ。
『客人ぞ』
姿なき式神少女は、元々は彼と言うよりこの古寺に憑いた霊であった。
なので主である貞次の呼び出しなくとも、常に辺りを自由に浮遊しているのである。
「お、おい。千代、客人だ」
「まあ! 話をお逸らしになるのね」
「そうではない。ほら、客人だ」
ようよう聞くと、確かに外の砂利を踏みしめる音がした。
こんな古寺に参拝する、奇特な人間などいやしない。
「あら何かしら。妙な人じゃないと良いのだけれど」
「俺が行くか?」
貞次が立ち上がりかけた。
「いいの、いいの。兄さんはごゆっくり。これで逃げられては困りますからね」
「逃げるとは……」
「私まだ兄さんに、物を言い足りないのよ。覚悟なすってね」
「お、おぅ」
笑顔であるが強い眼差しに、兄である彼は形無しである。
ピシャリ、と閉められた障子。縁側続きの廊下を、やや荒々しい足音が遠ざかっていく。
(やれやれ。あれは年々気が強くなっていかんな)
深いため息を吐いた――。
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