弐ノ刻、好色と軽妙

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『……主』 風のそよめきのような、声。 式神、柚のものだ。 『客人ぞ』 姿なき式神少女は、元々は彼と言うよりこの古寺に憑いた霊であった。 なので主である貞次の呼び出しなくとも、常に辺りを自由に浮遊しているのである。 「お、おい。千代、客人だ」 「まあ! 話をお逸らしになるのね」 「そうではない。ほら、客人だ」 ようよう聞くと、確かに外の砂利を踏みしめる音がした。 こんな古寺に参拝する、奇特な人間などいやしない。 「あら何かしら。妙な人じゃないと良いのだけれど」 「俺が行くか?」 貞次が立ち上がりかけた。 「いいの、いいの。兄さんはごゆっくり。これで逃げられては困りますからね」 「逃げるとは……」 「私まだ兄さんに、物を言い足りないのよ。覚悟なすってね」 「お、おぅ」 笑顔であるが強い眼差しに、兄である彼は形無しである。 ピシャリ、と閉められた障子。縁側続きの廊下を、やや荒々しい足音が遠ざかっていく。 (やれやれ。あれは年々気が強くなっていかんな) 深いため息を吐いた――。
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