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そうして迎えた婚活パーティーの夜。
会場には男女それぞれ三十人ほどが集まり、進行役の指示に従い会が始まった。雪美と続きナンバーになっている番号札を胸に、もはや工場の機械のように一人二分間という分刻みの時間で参加者全員との面会を果たす。
覚えているのは最初の一人二人程度で、あとはさほど記憶にも残っていないが、その中でも少しでも好印象だと思えた相手にフリータイムでアプローチを掛けていく。よくある手のものだ。
日南子はこのフリータイムというのがとても苦手だ。
人見知りというわけでもないが、特に誰からもアプローチを受けることなく、かと言って自分からそれをしていけるほどの積極性もなく、ポツンとしてしまうことが多いからだ。
「せっかくだし。とりあえずあの辺と話して来ようよ!」
雪美が日南子の手を引いて二人組の男性に近寄って行った。こういうところが雪美のすごいところだ。誰とでも気兼ねなく話せるこのコミュ力の高さ、出来ることなら見習いたい。
「すみません。よかったら少し話しませんか?」
「あ。嬉しいです。是非」
雪美が声を掛けると相手の男性二人の表情がパッと明るくなった。それもそのはず、雪美は今夜来ている女性陣の中でもかなり美人なほうだ。
「私は白井です。白井雪美。こっちが青野さん。私たち、同じ職場で──」
雪美が話題を作り、男性たちがそれを膨らませる。歳が近いこともあって意外にも話は盛りあがり、楽しい時間を過ごせた。
そのうちに雪美が他の男性に声を掛けられその場を去り、それまで一緒にいた男性の一人も違う女性を誘いに行ってしまい、その場に残された日南子ともう一人の男性──、たしか山吹さんと顔を見合わせた。
*
「──何か、取り残されちゃいましたね」
「ですね……」
山吹の言葉に返事をしてからハッとした。
「あ、あのっ。山吹さんは大丈夫ですか? もし気になってる人とかいらっしゃるんでしたら私はいいのでそちらに……」
大事な事を忘れてはいけない。軽いパーティーのようなものだとはいえ、それなりの出会いを期待してこの会場にいるのだとしたら日南子を気遣って動きが取れなくなってしまうのはさすがに申し訳ない。
「いや。大丈夫ですよ。僕、実はオマケで来てるんで」
「え?」
「さっきいた先輩の付き添いみたいなもんで──」
彼らも職場の同僚同士だと、最初に挨拶をしたときに言っていたのを思いだした。
「こういうの初めてなんですけど、案外楽しいもんですね。青野さんはよく参加してるんですか?」
「……はい、ここ最近はよく。そのわりに全然慣れなくて」
どちらかと言えば二回目の雪美のほうがすべに場慣れしているくらいだ。そこはやはりコミュ力の差か。
「結婚、やっぱ考えてるの?」
「……それももちろんあるんですけど、その前にまず出会いがあればって思って」
そう答えると山吹が笑った。
「確かに出会い大事だね。それなきゃ何も始まらないし」
「あの。……もう少しお話してても大丈夫ですか?」
「もちろん。せっかくの機会だし、もっと教えてよ。いろいろ」
「あ、はい。こちらこそいろいろ教えてください!」
山吹が気さくな人で助かった。こういうイベント事に参加しておいて自分から上手く行動を起こせないのが情けないが、せっかくの機会を有効に楽しく過ごしたいと思う気持ちは十分にある。
好きな音楽の話、本の話など、意外と共通点も多く、それなりに会話も盛りあがった。有意義な時間を過ごせたという点では、彼に感謝だ。
*
「青野ー! 帰ろうっ!」
背後からポンと肩を叩かれ振り向くと、雪美がニコニコと笑いながら立っていた。少し飲んでいるせいもあるがその表情は上機嫌だ。
「なーんか、楽しかったけど疲れたねー!」
「えっ? 雪美さん、あの……さっきのお相手の方は?」
雪美は最後のカップル発表の場で、途中から声を掛けられて話をしていた男性とカップルが成立していた。日南子自身は言わずもがな。
本当は少し期待していた。あれからずっと話をしていた山吹とは意外と話も盛り上がり、それなりにいい感触なのでは……と思っていた。
日南子は最後のカップル希望者として、山吹の番号を書いて提出していた──結果、カップル成立はならず。
少し話せたくらいで調子に乗ってはいけない。世の中そう上手くいくものではない。
「いいのいいの~! 連絡先は交換したし、今度食事でもって“次”は確保したから。あと、さっきトイレ寄ったら最初に話した……えーとなんだっけ? 田上さん? に電話番号書いた名刺もらっちゃったー」
「……凄い」
やはり、これだけ美人で気さくで話しやすく魅力的な雪美がほっとかれるわけがないという日南子の読みは当たっていた。
「青野はー? 収穫なし?」
「……はい、残念ながら」
「よし。飲むか」
雪美がガシッと日南子の肩を抱いた。
「でも雪美さん明日通し番ですよ?」
「あ……そうだった! つか、通しはキツイなー」
「私も早番だし。明日ホクヨからどっさり荷物来ますよ」
翌日の仕事の容量を想像し、二人で顔を見合わせて肩を落とした。夜遅くまで飲んで次の日に響かないのは二十代前半まで。半ばを過ぎれば身体にもそれなりに響くし、お肌のコンディションも気になるところ。
「んじゃ、今日は帰るか……」
「はい。また今度飲みに行きましょう。雪美さんのデートの報告も聞きたいですし」
「よし。そんときガッツリ飲もう! どこ行く?」
「私、いいお店知ってます!」
とりあえず、雪美にいい出会いがあったことが今夜一番の収穫。大好きな先輩には幸せになって欲しい。今日の出会いが、その一歩に繋がるのだとすればそれはやはり嬉しいものだ。
*
雪美と駅で別れてバスに乗った。普段より随分遅い時間帯のバスには、学生らしき若者が数人乗っているだけ。皆ヘッドホンをしながらバスに揺られている。
日南子もバックの中からスマホを取り出しヘッドホンを装着した。気落ちしているわけではないが、元気の出そうなアップテンポな曲を選んで窓の外の景色を眺めた。
バスを降りて目の前の“くろかわ”の店の明りを見つめる。普段ならラストオーダーを過ぎ人の気配が少なくなっているはずの店は、週末のバー営業の為か大勢の人の気配が残っている。
「ちょっとだけ……」
そう小さく呟いて格子戸に手を掛けた。カラカラ…と軽い音が響くと同時に紺色の暖簾をくぐると、テーブル席にドリンクを運んで来ていたと思われる巽が目の前にいた。
「お。おかえり」
“いらっしゃい”ではなく“おかえり”と言って出迎えて貰えるところがなんだか日南子の心を和ませる。ただ、その言葉に“ただいま”というのはなぜか恥ずかしくて未だ出来ずにいる。
「こんばんは。……ちょっとだけ、いいですか?」
そう言ってカウンター席を指さした。いつも日南子の座っているお気に入りの席が空いている。
「もちろん。いつもんトコ空いてるよ」
少しずれた眼鏡を中指で直しながら笑った巽に笑顔を返す。
「ありがとうございます」
日南子は相変わらずこの店に通い続けている。
週に二度。多いときは三度。どうしてこれほどまでにこの店に足が向くのか自分でもよく分からない。
「今日、何かいつもと雰囲気違くね?」
巽がカウンターを挟んでドリンクメニューを差し出した。雰囲気が、と言われたのにはわけがある。普段パンツ姿の多い日南子が珍しくワンピースを着ているからだ。
「あ、今日お酒は──。カフェオレください」
そう言ったのは明日の仕事こともあるが、この間ここで飲んだ際、記憶を失くして巽に迷惑を掛けてしまった手前から。
「どっか行ってた?」
「はい。……例のパーティーに」
そう答えると、巽がメニューを下げながらああ……と納得したような顔をしたかと思うと、その表情をニヤと悪戯に変える。
「──で? どうだったよ?」
「……楽しかったですよ?」
以前参加した似たような集まりに比べればずっと。フリータイムに一人になることはなかったし、それなりに人と話し、楽しい時間を過ごせた。まぁ、結果は相変わらずなのだが。
「でもまだまだです。どうしたら自然な話題作りとかできるんですかねー?」
「何だよ? 話題に困ってんの?」
「だって。初めて会う人と何話していいか分かんないじゃないですかー」
「何言ってんだよ。ここじゃ、普通に話してんじゃん」
「……そ、ですけどぉ」
それは単に巽が日南子にとって話しやすい存在だからだ。それがなぜか、と訊かれれば答えに詰まるが、雰囲気? 波長? そんな曖昧な言葉しか頭の中に浮かんでこない。
「青ちゃんが話題に困るとか、なんかウケんな」
巽がクスと小さく笑いながら、淹れたてのカフェオレを日南子の目の前に置いた。
「どうしてですかー?」
「いや。喋ってない青ちゃんのが俺には想像できねーから」
そこまでお喋りじゃないです、と文句言おうとした言葉をコーヒーと共に飲み込んだ。確かにここでなら自分の好きなように話せる。特別自分を良くみせようとか、そんな思惑があるわけでもないのに、ああいう場ではどうして普段できていることが上手くできないのだろう。
「緊張すんの? やっぱああいうのって」
「そりゃ、しますよー。初めて会う人って緊張しません?」
「俺、あんまそういうのねぇな。んな事言ってたらこんな店やってらんねーし。つか、もったいねーな。素の青ちゃん、面白いのになぁ」
「……面白さ求められてないんですよ、ああいうとこでは」
「そーかぁー? いいと思うけどな、青ちゃんみたいな子。変に気取った子より親しみ湧くじゃん。結婚とか考えんなら尚更」
これは褒められているのだろうか。それとも貶されているのだろうか。いや、ここは褒められていると解釈しておこう。そうでなければ微妙に傷つく。
「親しみ……かぁ」
「親しみ大事だぜー? 俺、近寄りがたい美人より親しみやすい可愛い子のが好きだけどな」
そう言われれば悪い気はしない。日南子自身も、まばゆいイケメンよりはどこか人並みでも人懐っこくて親しみやすい男性の方が好きだし、たぶんそういう人を好きになる。
結婚となれば良くも悪くも自分をさらけ出すことになるのだし、あまり身構えずに付き合える人のほうがいいに決まっている。
「巽さんも、親しみ派ですよね」
風体は一見ちょっと怖いけど。身体は大きいし、髭面だし。でも、笑った顔は愛嬌がある。
「……悪かったな。イケメンじゃなくて」
「親しみ大事って言ったの巽さんじゃないですかー!」
「俺はいーんだよ。結婚とか考えてねぇし!」
「どうしてですか? けっこういい歳ですよ?」
「あのな。いい歳じゃなくて、男盛りって言ってくんないかなー?」
「巽さんは──、どうして結婚しないんですか?」
これは日南子が常々思っていたこと。特別目を見張るようなイケメンというわけではないが、ルックスは悪くないし、店に顔を出すような親しい女友達もそれなりにいるようだ。
女性にモテないというわけではなさそうなのに、彼女らしき特定の女性の影もない。
「しない、ってわけじゃないんだけど──。大人にはあんだよ、いろいろと」
「……いろいろって何ですか」
「そっら──、大人の事情だよ」
大人の事情って何だ。訊きたいけれど、巽がそれを望んでないことくらい雰囲気で分かる。空気は読めるし、できるだけ読むほうだ。
「……子供扱いして」
「二十代なんてまだまだ子供だよ」
大人になり切れていないのは自分でも分かっている。分かっているのに子供扱いは面白くないとか、とんだ我儘だ。
子供の頃思い描いていた二十代はもっと大人だと思っていた。仕事に恋に、毎日がキラキラ輝いてるんじゃないかって思っていた。
今の自分はどうだろう? 仕事はそれなりにやりがいはあるけれど、まともな恋愛ひとつできてはいない現実。
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