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山手線沿線だと最安価の家賃で住むことができる田端は都心部へのアクセスも良い。駅の周りは別の世界が点在しているようだった。駅ビルで栄える北口、戸建てやアパートなどといった住宅地の多い、どこか田舎を思わせるような雰囲気のある南口。田端銀座商店街が周辺の地域住民の生活を支えている。門倉はこの落ち着いた雰囲気が好きだった。少し足を伸ばせば谷中町に辿り着くこともできる。野良猫たちが多くの観光客に慕われている、平和な空間だ。
7時22分、大勢のサラリーマンやOLが並ぶ中、門倉は先頭に立っていた。勤務地までの15分間、本当に痴漢は行われるのだろうか。一体誰に配慮しているのかは分からないが、門倉は比較的手を伸ばしやすいような服装を選んだ。水縹色のふわっとしたスカート、薄いベージュのタイツは穿いてはこなかった。白いニットのセーター。グレーのカーディガンは足の付け根まで裾を伸ばしている。
緑色の箱が目の前に滑り込み、しっかりと停車してから扉が開く。既に車内は大勢の人間で埋め尽くされており、もしかすると鈍脳の女性以外から痴漢に遭うのではないかと、少し妙な気持ちになった。
無理やり押し込まれ、容量オーバーの車輌が動き出した。3両目の端、優先席と扉の合間にある角に立つ。自分の後ろに誰がいるのかを振り返って確認することも難しい。西日暮里駅に到着すると、7時24分になった。増減したかも分からない人の波が押しては引き、再び車輌が動きだす。
本当に痴漢は行われるのだろうか。しきりに時計を確認するも、誰かが触れる気配はない。もしかしたら期待しすぎたのかもしれない。ただ昨晩飲んだマルガリータが無料になった、それだけで良かったのかもしれない。どこか諦めにも近い感情を抱いた時だった。
ただ身につけているだけにも関わらず、何故裾が動いたと感じるのだろうか。一瞬だけ疑問を抱いた時、門倉の太ももに冷んやりとした肌の感覚が触れる。その正体が誰かの手だと分かった時、クロッチを指の腹が優しく撫でてきた。
今まで痴漢されたことはない。だからこそ妙な気持ちだった。いつもの車内で誰かが自分の膣を布越しにゆっくりと撫でる。残り13分でもっと刺激的なことが起こるのだろうか。
自分でも少ししっとりとしていると分かる。出勤の際に愛撫をされているのだから、仕方のないことかもしれない。どこか強く、それでいて膣の周りに円を描くように。陰核に触れた時、少し膨らみを帯びているのが分かった。
優先席には”今日”よりも歳が上であろう男性が早くも眠っている。門倉の右隣に立つ男性は大学生だろうか、耳につけたイヤフォンから有名なアイドルグループの楽曲が薄く流れていた。これでは気付きようがない。門倉は愛撫をされ始めてから4分で、口から息を吐いていた。
小さな熱を帯びる陰核が指先で揺れる。段々と体全体が筆のようなもので撫でられているような感触が始まった。絶頂へ向かう第一段階。皆が出勤する人ごみの中で、門倉は確かに感じていた。
(ああ、これやばいかも…。)
指紋だらけの窓に自分の表情が少しだけ映る。どこか切ない顔だった。突然見知らぬ男性に下腹部を触られるのと、依頼して見知らぬ女性に下腹部を触られるのとでは、随分と違った快感なのだろう。残り約9分程度、このまま緩やかな絶頂を迎えるのも悪くない。どこかすっきりして仕事に集中出来るかもしれない。そう思った時だった。
「んっ、はぁ…。」
上半身がひどく跳ねてしまった。隣の大学生と肩がぶつかり、横目で少し睨みつけてくる。会釈をして、門倉は今まで経験したことのない絶大な快感に疑問を抱いた。
まるで自分の膣内にぴったりと密着したペニスが挿入されたかのような妙な感覚に陥る。何故布越しから陰核を触られているだけなのにも関わらず、こんなにも感じてしまうのだろうか。陰核の先端が少し裂けたような感覚、そこから溢れ出したエクスタシーの波が全身を伝った。料理を食べている時に鷹の爪を噛んでしまったような、突発的な強い刺激。一体自分を愛撫する者が何をしたのか、まるで理解できなかった。
(やばい、ダメだ…潮吹いちゃいそう…。)
今まで何度かそういった経験はあった。佐々木の激しい腰の動きが止まらず、思わず少量の潮を吹いたものだ。もちろん恥ずかしいことではあったが、それだけ激しい行為の末に行き着くものだと思っていた。だからこそ、パンティーの上から指で陰核を愛撫するだけで同等の快感が訪れるとは思っていなかったのだ。
(いく、いく…。)
炭酸が含まれる清涼飲料水の蓋を開けたような短い気泡に似た音が鳴り、門倉は通勤途中の車内で潮を吹いた。それと同時に絶頂し、両足がマッサージ機で強制的に動かされているような痙攣が走る。太ももを薄い尿が数滴這い、踝に辿り着いてから踵をなぞった。今この電車に乗る大勢の人間は、自分が絶頂に達して潮を吹いたとは思わないだろう。
「次は東京、東京。お出口は右側です。」
女性の車内放送が、門倉を現実に引き戻した。勤務地の最寄駅に辿り着く前に、門倉の膣は二種類の液体でぐっしょりと濡れている。理解し難い感覚が、やがて経験したことのない悦びなのだと感じた。
「ご利用、ありがとうございます。」
右耳に浸透する声は、ゆったりとした落ち着きがあった。確かに女性の声だ。自分の背の方で扉が開いた瞬間、門倉は振り返った。
誰かは分からなかった。もちろん様々な女性がいる。一体誰が自分をここまで気持ち良くさせたのか、無論判別は出来ない。自分も降車するのだと思い出し、門倉は逃げるように飛び出していった。
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