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シューッ ガタン
電車のドアが開く。駅のホームに立つ俺はその度にあの日のことを鮮明に思い出す。
無意識に俺は握り拳を固めた。
あの日のことを思い出す度、俺は俺を殴りたいという衝動に駆られる。
あの日 俺は、ここで…
会社帰り、電車待ちの列に並び、俺はソワソワしていた。
ポケットに入っている小さな四角い箱をぎゅっと、優しく、握りしめる。
――華留。
俺は少し身を乗り出し、線路の先を見る。
夜の闇の中に電車のヘッドライトが小さく見えた。
それはグングン近づいてきて、やがてスピードを落としながら目の前で停車した。
キ―――‥
ブレーキ音がホームいっぱいに鳴り響く。
シューッ ガタン
電車のドアが開きたくさんの人がホームに流れ出る。
それを見ながら俺は小さく足踏みをする。
たくさんの人が電車を降り、俺の前に並んでいる人たちが次々に電車に乗り込んでいく。
早く帰りたいという気持ちが湧き上がり、前にいる人を押して無理やりにでも電車内へ押し込みたくなる。
その思いを抑えるようにポケットの中の小さな箱を指先で撫でる。
少しずつ前に進みながら心を落ち着ける。
やっと電車に乗ることができたところで、カバンの中でバイブ音がしているのに気付いた。
いつから鳴ってたんだろう…と思いながらカバンの中に手を入れ、スマホを探す。
そうしているうちにバイブ音は途絶えてしまった。
まぁいいか…。
することがなくなった俺は途端にソワソワし始めた。
理由はこの後の予定にある。
プロポーズ。
俺のこの後の予定は、彼女の華留にプロポーズすること。
だから、今はプロポーズ以外のことは頭に入らないのだ。
ソワソワソワソワ
タイミング、言葉などのイメージトレーニングをしているうちにあっという間に目的駅へ到着した。
気付けば電車内にも数人しかおらず、簡単にホームに出ることができた。
見慣れたはずのそこがいつもとは少し違って見える。
数少ない人を追い越しながら小走りで改札口へ向かう。
改札を抜けて小走りのままバス乗り場へ向かう。
ベンチに座って待つ人が数人いたが、俺はそんな気分にはなれず、座っている人からは見えないところでうろうろと歩き回っていた。
バスがやってきた。
バスに乗り込んで前の方の席に座る。
少ししてバスが出発した。
俺はぼうっと外を眺める。夜の闇にすっぽり覆われた街にポツリポツリと街灯が灯っている。あたたかな橙色、冷たくまぶしいLED、明るくなったり暗くなったりを繰り返す不気味な公園の灯…。
ヴーヴー
ハッ 後ろの席で携帯のバイブ音がした。
それのおかげで俺は先ほどのことを思い出す。
カバンの中を探ってスマホを取り出した。
着信履歴を開く。
「え。」
俺はつい声をあげた。
約25分前からずっと同じ番号の着信履歴がある。最後の着信は、今から約15分前のあの時。
この番号って…。 ざわっと胸が騒いだ。
「あっ、あの、すみません。電話してもいいですか…?」
俺はあわてて後ろの人に許可を取る。
電話して迷惑がかかりそうなのはとりあえず後ろの人だけだ。
「どうぞ」と愛想のない声が返ってきた。
「ありがとうございます。」
言いながら電話をかける。スマホを耳に押し当てる。
愛子ちゃん…。 華留の妹の愛子ちゃん。
どうしたんだ…。
発信音がプツリと途絶えた。
どうか、でていてくれ!愛子ちゃん…!
「………………。」
全神経をスピーカーに集中させる。
〚………………、くん……?〛
少しかすれた声に、一気に胸の中が不安に埋め尽くされる。
「っ愛子ちゃん、か…?」
喉の奥から声を絞り出す。
〚うん。……私……っっっ〛
ひっぐ と、息を吸う音が聞こえた。
「愛子ちゃん?」
〚ひっぐっ うっ うっ ひっひっ うぇ……〛
「愛子ちゃん?」
胸の奥がざわざわしている。どうしようもないほどざわざわしている。
俺は胸に拳を当てた。
〚……っごめんなさい……。〛
ざわざわがこれ以上ないくらい膨れ上がる。俺は胸に当てた拳で、強く胸をたたいた。強く、強く。強く強く強く。
〚おねぇ、ちゃん、が……。〛
やめてくれ。やめてくれ。やめてくれ。やめてくれ。やめてくれやめてくれやめてくれやめてくれ。
呪いのように。
嫌だ、嫌だ、いやだいやだいやだいやだいやだ!いやだ!いやだ!
子供のように。
華留。……華留。華留?華留?……華留!華留!
〚……お姉ちゃん、車に跳ねられて…意識不明の重体で………っ私の、せいで…っ〛
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