31人が本棚に入れています
本棚に追加
第1話:新しい仲間
目が覚めても、夢の続きにいる。
そんな感覚のまま、じっと天井を見つめていた。
誰かの腕に抱かれ、優しい声を聞いている……そんな夢だった。そうしておれを温かく見守ってくれていたのは、ひとりやふたりじゃなくて、何人もいたようだ。夢の中の景色はおぼろげで、はっきりとわからないけれど。
時々、そんな夢を見る。その声の主達が誰かも、おれはすでに気づいていた。
深く考えないようにして、ベッドから下りる。
「……おはよう」
近くにあったケージに、ハムスターの”わたあめ”を見つけて、声をかける。
わたあめの大きな瞳が、こちらをのぞき込んでいる。ようやく起きはじめたのだろう。もうすぐしたら、回し車で遊んだりごはんを食べたり、のびのびと活動しはじめるに違いない。
わたあめから視線を移し、窓を見た。赤く平べったい屋根の建物が見えている。
……”れんげ荘”。
四部屋しかない小さなアパートに、今日、新しい住人がやってくる。
そわそわと落ち着かない気持ちになりながら、おれは部屋を出た。
*
一階に下りると、姉さんとじいさんを探してみる。台所とリビングを覗いてみたが、いない。
ならどこにいるのかと考えていると、ふわっと、線香の香りが鼻先をかすめた。匂いのする方へ目をやると、開けっぱなしにしていたふすまの向こうに、見慣れた後ろ姿を見つける。
「……姉さん」
呼ぶと、仏壇に手を合わせていた姉さんがこちらを振り向いた。短い髪がふわりと傾き、焦げ茶色の瞳がおれを見て、柔らかく微笑む。
「しず、起きたの?」
「ん……おはよう」
壁にかかっている時計を見れば、もう午後の3時を過ぎていた。正午ごろ、姉さんやじいさんと一緒に昼食を摂ったあと昼寝をしていたのだけれど、ずいぶん長く寝こけていたらしい。
姉さんが座布団から立ち上がった。穏やかな眼差しでおれを見つめ、首をかしげる。
「……ちょっと緊張してる?」
「…………。うん」
嘘をついても見破られてしまいそうだった。だからうなずくと、姉さんは励ますでも不自然に気遣うでもなく、
「そっか」
と、優しく微笑んだ。
「これから買い物に行ってくるね。今日は歓迎会だって、おじいちゃん張り切っちゃって」
「ああ……」
この家には、おれと姉さん、じいさんの3人が暮らしている。
おれと姉さんは内気な方だけれど、じいさんはとても陽気でにぎやかな人だ。
何かにつけてみんなで集まりたがるし、遊びたがる。その”みんなで”は身内のみならず、自分が管理しているアパート”れんげ荘”のメンバーも入っているのだ。
……いや。れんげ荘に入居している彼らのことも、じいさんは”身内”だと思っている節がある。そして、その身内は、今日からもう一人増えるのだ。
それはじいさんにとって、とんでもなく嬉しいことであるに違いない。
「買い物、ついていこうか?」
「うん、お願いしようかな」
そんなやりとりをしながら、二人で居間の方へ向かう。
一度仏壇を振り返ると、ふんわりとした線香の煙の先に、亡くなっていった人たちの写真があった。
最初のコメントを投稿しよう!